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第3話

 やっぱり彼女がいるのかな、と思うと改めて自分の気持ちを心の中のどこか違う場所に追いやらなくては、と遥希は考えてしまう。 「こっちにいないとESS(英会話サークル)にも参加できないし。」  英会話のできる英語教師を目指す敦人にとっては、英会話教室ほどお金のかからないESSに絶対に入りたかったらしい。マイペースにきちんとやりたいことを進めてゆく敦人のそういうところを遥希は尊敬していた。 「敦人は偉いな。うちは英語スピーチとかさせる授業は必須でもない限りとる奴は少ないよ。」 「ふうん、そんなもんなのかな。」  テレビのチャンネルを変えていた敦人は、ふと思い出したようにスマホを手に取り何かを熱心に確認し出した。  「あ! ハル、こっち来いよ!」  という声に反応して遥希が後ろから覗き込むと、サッカーの試合の映像が流れていた。敦人の右肩に手をのせながら、左手の中にあるスマホ画面に肩越しに顔を近づけた。 「何点差?」 「二点差。後二分だし勝つだろうな。」 「後二分か。」  画面に映し出されるスペイン一部リーグの試合の動画には、米粒より小さい選手たちが走り回っている。敦人の肩に顎を置いて見入っていると、遥希が見やすいように画面の向きが変わり、敦人の頭が遥希の頭にくっついた。  このまま横を向けば、頬に唇の触れる近さだ。その距離と反比例するように、本当に触れるために超えなければいけない壁は果てしなく高くて、それを思うと切なくなった。友達としてならいくらでも近づけるのに、敦人を抱きしめることはできない。  試合は間もなく終了する。黙ったまま二人で画面を見ているけれど、勝利がほぼ確定しているから、勝ち負けよりも一秒ずつ減ってゆく残時間の方が気になった。敦人の背中が、そこに寄り掛かっている遥希の体重を支えてくれる。  高校の時もよくこうやってスポーツ関係の雑誌を見ていたことを思い出す。  制服を着て、勉強して、それなりに楽しかった毎日。みんな同じような顔をしていたけれど、敦人のいる所だけが明るかった。  窮屈だったけれど毎日近くにいることができた。あの頃の空気が体の中に蘇える。こうやって二人きりで敦人の部屋にいることができるのは幸せだと思う。  すぐ横にある少し癖のある黒い髪がふわふわと頬に当たり、遥希の身体に淡い衝動が広がってゆく。  友達としてならこんなに近くにいることができる敦人を、別の欲求を持って抱き寄せたいというのは過ぎた望みなのかな。常識が邪魔をして身体はうごかない。  五秒前、四、三......試合終了のホイッスルが鳴る一瞬手前で敦人の頭が微かに動き、敦人が遥希の髪にそっと頬を摺り寄せた。遥希の心臓がキュッとした。隣を向きたい、敦人は今どんな表情をしているのだろうか。  そんな遥希の気持ちに気づいた様子もなく、敦人はしばらく静かに遥希の髪に頬を埋めていた。

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