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第7話

 やけに落ち着いた敦人の声は、遥希の耳には全然違う人が話してるように聞こえた。二人とも目を開けたまま身じろぎもしない。じりじりと過ぎる時間が内側で高まる気持ちを押し上げてゆく。 (してみる、って何を?)  閉じていた遥希の唇が緩んで薄く開かれた。そこから出る言葉を待たず、敦人は数十センチの距離をぐっと詰めた。身を乗り出して伏し目がちに顔を近づけてくる敦人の瞼のカーブがくっきりと際立っているのを見ながら、遥希はやっと理解した。さっきの言葉は『キスしてみる?』ってことだったと。  自分の心臓がはっきり脈を打っているのを他人事のように感じながら目を閉じた。  遠慮がちに重なる唇。初めてのキスはただ乾いた皮膚と皮膚が僅かに触れただけだった。なのに、身体の奥がきゅうと締め付けられた。あっさりと離れたのが物足りなくて顎を少し突き出すと、すぐにもう一度来た。その感触だけに集中する。  何も見ずにいると溢れる気持ちの出口がなくなりそうで、遥希は目を開いた。  お互い鼻先が触れるくらいの距離に直り、困ったような顔をした敦人がまたそっとキスをした。それだけだった。  敦人にとっては友達同士でふざけてしたキスかもしれない。でも一度手に入れたものは、もう手放せない。どんどん欲が深くなってゆく。何度でもしたい、触れたい、貪って、耽りたい、めちゃくちゃにして暴きたい。暴れ出しそうな身体を理性という曖昧なもので無理やり押さえ込んで、遥希は視線を下げた。  目の前にはくっきりした敦人の喉仏が見える。 「ごめん、平気?」  ごめん、って何? 平気って何?、と少し意地悪な気持ちになって顔を上げると、敦人が落ち着かなさそうに目を瞬かせていた。 「大丈夫。敦人は?」  口にした後で気が付いた。たかがキスしたくらいでお互い随分と間の抜けた質問だ。そんな風に冷静でいたのは遥希だけだったようだ。敦人は昂った気持ちを落ち着けるように大げさに深呼吸した後、両手で顔を隠した。 「俺は、大丈夫じゃない……あー、びびったわ! 初めてキスした。」 「初めてなの?」 「うん。うん? あれ? そういやこの前したのは......」 「この前、キスしたんだ。」  うっかり口を滑らせてしまった敦人は、しまったという顔をして遥希を見た。苦い表情で真っ直ぐに自分を見る遥希に、敦人は一番まずいタイミングで一番言ってはいけないことを口走ったと自覚して慌てた。 「あ、の。夏にバイト、イベントのバイトしたんだけど、一人暮らしのお金ためるためにさ。そのバイトが終わった後に全員で打ち上げに行って、で、その時……した、いやされたというか。なんか、俺言い訳ばっかやな。ごめん......」  取り繕うとすればするほど焦ってしまい、モゴモゴと誤魔化すように語尾が小さくなってゆく。その様子に遥希の気分はますます落ち込んでいった。  なんだ、結局そういうことじゃないか。女の子と仲良くやっているんなら、何もこんな風に自分を揶揄う必要なんてないのに。

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