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第8話

 傷は浅い方がいい、変な期待なんかしたくないし、今ならふざけたんだろ、冗談だろ、笑えよ、で済ませられる。 「別に謝らなくても……その子、敦人が好きだったんやろ?」  遥希の声はやけに冷たく敦人の耳に響いた。間違ったものを口にして吐き出そうとするような表情は、さっきまで布団の中でじゃれ合った親密な空気を打ち消そうとしているようですらだった。 「違う、違うと思う。バイトでちょっと話しただけやし、もう連絡しいへんって決めたから。」  実はその後も何度か遊びに行こうと誘われていた。『みんなで』と言われて行ってみたら、来たのは彼女ともう一組のカップルだけ。遊ぶのはそれなりに楽しかったけれど、それ以上の気持ちは持てなかったのだ。今目の前にいる幼馴染に対して抱くような、甘やかしたり甘えたいと言う親密な感情も性的な欲求も湧いてこなかったのだ。  硬い表情の遥希の顔に敦人の指先が触れて、こめかみにかかる前髪を優しくよける。その感触に縋り付きそうになるのを押しとどめ、遥希は身体を回して敦人に背を向けていい捨てた。 「多少でも好意がなきゃキスなんてせんやろ。」  そう言いながら、じゃあ自分たちのキスは何だったんだろう、と遥希は思う。何であって欲しいのだろう、と。突然女の子とのキスの話をする敦人の気持ちは全く理解できなかった。  いつもの遥希らしくない。やけに突っかかってくるし、拗ねたような声色だった。それはつまりどういうことなんだろうかと少し考え、敦人は急に嬉しそうに口角を上げた。 「あのさ、つまりそれって今のキスもそう考えていいの? ハルには、俺とキスしてもいいくらいの好意があったってことだよな?」 「その女の子にキスされた時、敦人はキスされてもいいくらいの好意をその子にもってたってことだよね。」  にべもない言葉に、敦人も流石にムッとした。 「お前さ、そういうのずるい。」 「ずるくない、そっちが最初に言ったことだろ。」 「じゃあ謝るからこっち向いてよ。」  応えることができなかった。敦人が謝らなきゃならないことなんて何もない。自分が何を言ってるのか自覚して恥ずかしさでいっぱいになった。敦人の顔を見たらきっと全部バレてしまう。  真剣に悩んでいる遥希の脇腹に、突然指先が遊んだ。 「なー! 拗ねてないでこっち向けよー!」 「ひ、ずるい! やめろって! ばか! ガキんちょかよ!」  擽ったさに何度手を除けても、遥希の指をかわしながら敦人はしつこく擽ってきた。脚をばたつかせているうちに上に着ていたトレーナーが捲れて、ようやく温まった敦人の指が直接腹に触れてくる。擽ったさよりもうごめく指にこれまで隠してきたものを導き出されるのが怖くて強く手を掴んだら内側から指先を絡め取られた。

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