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第9話
背中越しに身体が近づいた。敦人の膝が遥希の腿裏に当たり、ハッとしたように離れる。
整えようとしても遥希の荒れた息はおさまらなかった。耳奥で響く心臓の音がうるさくて頭がクラクラする。そんな気持ちを知ってか知らずか、敦人が後ろでゆっくりと息を吸う音が聞こえた。
「ハル、ええと、遥希さん。」
急に改まった口調になり、何を言うのか全く想定できずに遥希は身構えた。
「そんな固まらんといて……いや俺がさ、今キスしたせいでちょいテンパっていらんこと言っちゃったんですが、テンパったのはつまり嫌だったとかそういう訳じゃなくて、むしろ、あの。」
ぐるぐると所在なく歩き回るような言い方には、どことなく遥希の出方を伺うような響きがあった。分かってる、六年越しの付き合いだ。意固地になった時の遥希の扱いはよく分かっていた。
「つまり、ハルはどういうつもりなんかなーって……」
それから、敦人の生真面目な手が遥希の手を捕まえたまま、脇腹から移動して遠慮がちに腰骨の上に触れた。
しまい込んでいた欲望を理性で押さえていたのに、その感触が遥希の中のすべてをひっくり返してくる。
「な、ハル……」
背中に触れる身体、耳元にかかる息、低い声、あからさまに誘いかけてくる。
「なにが言いたいんだよ。」
「今度は、ハルからしてほしい。」
腰にかかる手が腹を這い身体に巻き付いてゆく。微かに後ろに引っ張られ、こっちを向けと促してくる。それに逆らうことなく振り向いた遥希が、敦人の首に手を添えて唇を塞いだ。躊躇いはなかった。
もう一度、今度は身体を起こして上から覆いかぶさるようにキスをする。遥希だって初めてだった。だから、したいように敦人と唇を重ねた。柔く吸い、ずらしてまた重ね、唇同士で捏ねるように食み、緩んだ隙間に自分の隙間を合わせ、ただ敦人のことだけを考えて没入してゆく。
舌を絡め、お互いに熱くなった身体を求めて服を引き剥がしあった。膝を曲げた敦人の足首から下着を引き抜くと、次は身体を支配したくなる。
掌で太腿の厚い筋肉をなぞってゆけば、重ねた唇の隙間からくぐもった熱い息が漏れ始める。湿りけを帯びた呼吸に合わせて積み上げられてゆく官能が強い占有欲を呼び起こす。
行き場の分からない二人の手が身体をかき抱き合う。もうゼロ距離なのに、まだ近づき足りなかった。
腹の間で屹立が蜜を垂らしながら睦み合い、熱量を高めてゆく。擦れあうたびにもっと刺激が欲しいと切なく脈動する。なのにそんな中で急に敦人が覆いかぶさっていた遥希の肩を押して身体の間に隙間を作った。
突然の拒絶に驚いて遥希は上半身を起こした。
(やっぱりいざとなるとダメなのかな。)
遥希は冷たい部屋の空気に身震いして毛布を肩に引き上げ、もう一度敦人の横に寝転んだ。
落ち着いて、相手を責めないこと。仕方ないんだから。生理的に嫌われたらもう友達にもなれないんだから。
「やっぱ、嫌?」
今止めるなら、もういっそ殺してほしい。強引に続ける? いやダメだ。違う、最初からキスなんてしなけりゃよかったんだ、泊まりに来なきゃよかったんだ。
葛藤する気持ちを押し殺しているうちに自分がどんな表情にしているのか気づいていなかった。
「違う、嫌じゃないからそんな怖い顔すんなよ。あの、今更やけど、ハルが好きやけど俺したことないから……続けたいは続けたいんやけど。」
(したことないから? 続けた……?)
「どうすればいい? ググって……っ!」
また訳のわからないことを言い出しそうな気配を感じ、遥希はキスして敦人を黙らせた。優しく上唇を吸った。さっきと違い湿った唇同士がなごり惜しむようにゆっくりと離れてゆく。
「敦人、いちいち心臓に悪すぎる。殺す気か?」
「……完全殺人やな。」
「も、そういうのいらんわ。」
呆れた様子の遥希がゴツンと音がしそうな勢いで頭突きして、そのまま鼻と鼻をくっつけた。
「僕も、好きや。」
「ありがとう、で、とりあえず今は出したい。ヤバイ、苦しい、入れたい、出したい。って、あれ、どっちがどうする?」
「ばか敦人、もう黙れよ……」
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