6 / 89
第6話 強面のオッサンは豚汁がお好き(2)
宇井さんの言葉通り、和田くんは予定の時間より三十分遅れて入って来た。
「和田っち、遅ーい」
「すみませーん」
全然反省の色のない声で返事をする和田くんに、宇井さんは諦め顔。最近、なかなかバイトの求人に反応がないだけに、辞められたら困るのかもしれないけど、バシッと言うときには言わないとダメだと思う。
「和田くん、マジで困るんだけど」
だから、俺はそんなの気にしない。だって、言わなきゃわかんない奴には、ちゃんと言わないと、真面目にやってる人間が迷惑するんだ。うちの母親みたいに。
「だから、ごめんって」
ヘラヘラと笑いながら着替えてる和田くんにイラっとする俺。しかし、いつまでも怒ってるわけにもいかない。お客さんが続々と入ってきているのだ。
店のドアが開くたびに「いらっしゃいませ~」と声をあげる俺たち。帰宅途中のサラリーマンから、すでにいい感じに酔っているサラリーマンの方が増えてきた。それにつられるように、水商売系のお姉さんや、ホストの姿も見える。
「あー、和田っち、注文よろしく~」
「はーい」
馴染みのお姉さんたちに呼ばれて、いそいそと出ていく姿に、溜息しか出ない。
「マサくん、ありがとね」
牛丼の入った丼を渡しながら、ボソッと労ってくれる。
「まぁ、言っても効かないっすけどね」
「俺から言っても、駄目なんだよねぇ。店長が注意してくれればいいんだけど、肝心な時に、いっつもいないっていうか」
結局、本社に呼び出されたまま、こっちに戻ってくる様子もない。何かトラブルなのか、心配でしょうがないが、店長が戻るまで、俺たちは現場で頑張るしかないわけで。
「ほい、牛すき鍋ね」
「はい~」
お姉さんたちと仲良く喋ってる和田くんをよそに、俺は牛すき鍋ののったトレーを運ぶ。サラリーマン風の若い男が携帯片手に待っているところに、静かに置く。
「はい、お待たせしました」
「……」
無言で受け取られるのは慣れた。でも、たまに、反応を返してくれればいいのに、って思うこともある。まさに、今がその”たまに”なんだろう。たぶん、そう思ってしまうくらい、今の俺は苛ついているんだと思う。
カウンターから戻る途中、そういえば、と思い出したのは、常連の宗さんのことだった。
ともだちにシェアしよう!