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第8話 強面のオッサンは豚汁がお好き(4)
「マサちゃん、マサちゃん」
食器を片付けにカウンターの中に入った時、ほっそりした方のお姉さんが声を潜めて俺を呼んだ。
「はい?」
食器ののったトレーを手にしながら彼女の前に立つ。これから店に出勤なのか、化粧バッチリの上、香水の匂いが若干きつい。まぁ、それも仕事のうちなのかな、と思えば、仕方がないのかもしれない。和田くんは好きみたいだけどな。
「何やったの?」
「はい?」
彼女は心配そうな顔で言葉を続ける。
「だって、あの人、武原組の藤崎さんでしょ。ヤバイって」
「武原組?」
その名前になんか聞き覚えがあるなぁ、と思ったら、みわ子の幼馴染の武原さんのところのことか、とすぐに察してしまった。もしかして、武原さんの部下ってことか? そう言われると、見るからに、じゃなくて、完全に『ヤ』のつく職業の人にしか見えなくなった。
「武原組っていったら、この辺の顔じゃない……って、バイトのマサちゃんじゃ知らないか」
「その……武原組って有名なんですか?」
身近にいても、武原さんからそんな話はちゃんと聞いたことなんかなかった。
「そりゃね。あそこの組長さん、若い頃からイケメンで有名だったし」
「え? そっち?」
ぽっちゃりしたお姉さんは、なんだか夢見るみたいに言っている。確かに、今だって、その片鱗はある。組長だって知らなきゃ、昔、映画とかに出てました? って聞きたくなるくらいだもの。
「それだけじゃないよぉ。この辺、けっこう武原組絡みのお店、多いのよ」
「そう。で、藤崎さんは、武原組では若手でナンバー2とか言われてるのよ」
「へ、へぇ……」
そ、そんな人がなんで牛丼屋なんかに通ってるんだろう?
「その藤崎さんが、毎回、マサちゃんのこと睨んでるみたいだし、なんかやらかしたんじゃないかと思ったんだけど?」
「お、俺は何もしてませんよ」
「でもさぁ」
そう言って、お姉さん二人がチラッとオッサン……藤崎さんの方に目を向けたと同時に、ヒッ、と顔を青ざめて息をのんだ。二人の様子に、俺もビビる。だけど、怖いもの見たさか、つい背後に視線を向けてしまった。
「ヒッ!?」
完全にこっち睨んでるよっ!なんで、そんな怖い顔してんだよっ!
「マ、マサちゃんっ、や、やっぱ、何かやったんでしょっ!」
「やってませんよぉっ!」
俺はあまりの怖さに、カウンターのお姉さんたちを残して、片づける食器を抱えてさっさと厨房の中へと逃げ込んでしまった。
……お姉さんたちの無事を祈る。
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