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第9話 若頭は紅ショウガを大盛にする(1)

 雨がしとしと降っている。こんな天気の日は、客足が伸びない。いつもなら、厨房とカウンターをひっきりなしに往復するのだけど、今日はのんびりと注文待ちだ。お陰で、和田くんは厨房の中で店長から懇々と説教をくらっている。今日も安定の遅刻だったからだ。 「いい加減にしてくれないと、時給、下げるよ」 「えぇぇ、それは困るんですけど」 「だったら、早く来いよ」  カウンターの中で接客をしている時は、満面の笑みを浮かべる店長。厨房に入ると一転、この人、誰?と言いたくなるくらい顔つきが変わる。接客向いてないでしょ、と言えるくらいな極悪顔。最初の面接の時に会った時は、当然、外面なわけで、まさかこんなに恐い顔する人だとは思わなかった。それももう慣れたけど。  地の底から聞こえるようなドスの聞いた声は、絶対、業界間違えたでしょ、と言いたくなる。 「いらっしゃいませ~」  はい、まさに今入って来た、あの『ヤ』のつく職業のオッサンとご同業でしょうと、思っちゃう声だよねぇ。 「牛丼大盛と豚汁ですね」  さっさとカウンター席に座ったオッサン。半券を見ながら注文を確認する俺に、オッサンは小さく頷く。相変わらず、オッサンは俺に接触するでもなく、牛丼を食べて帰るだけ。お姉さんたちにあんなに脅されたけど、何も起きてないから、特に問題ないはずだ。  オッサンは牛丼が目の前にくると、あっという間にかきこんで、さっさと帰っていく。まぁ、相変わらず背中に視線を感じはするけどね。  今日もすぐに店を出ようとする背中に「ありがとうございました~」と声をかけた。すると、オッサンはちょっとだけ、振り向いた。タイミングよくなのか、悪くなのか、バッチリ、視線が絡んだけど、オッサンはすぐに店から出て行った。絡んだ瞬間、ヒヤリとした。なんつうか、視線で殺られる、そんな感じ。いったいなんだっていうんだろう。  俺はカウンターを拭いた後、食器ののったトレーを手に厨房へと戻る。 「マサくん、やっぱすげーね」  和田くんが俺からトレーを受け取りながら、声をかけてきた。 「何が?」  台拭き用のキッチンクロスを手に、カウンターの方へ戻ろうとした俺は、和田くんにチラリと目を向ける。店長からの注意をものともせず、あっけらかんとしてる姿に、ある意味、尊敬する。 「だって、あのおっさん相手に普通に接してるの、すげー。俺には無理」 「……和田くんでも大丈夫だと思うけどな」 「いやいやいや、マジモンのヤクザ相手になんて無理だって」  少ないとはいえ、まだお客さんがいる中、和田くんお声はデカい。俺はイラっとして、和田くんを睨みつける。 「和田くん、声デカイ」 「うぇ? そ、そうか」 「お前ら、煩い」  俺たちの会話に、地獄の声(店長)も被さってきた。俺にとっては、地獄の声(店長)の方が怖いぞ。

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