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第14話 閑話:オッサン、牛丼屋に通い始める(2)
四人部屋の一番奥の窓際に、親父は眠っていた。ベッドの脇のパイプ椅子に座っている若い男が、足を貧乏ゆすりしながら座っている。
「圭太」
俺の声にビクリと肩を揺らすと、勢いよく振り向いた。
「け、剣さっ……ん」
二十二にもなるというのに泣きそうな顔になっている圭太は、ここが病室だったことを思い出したのか、大きな声を出しそうだったのを無理やり飲み込む。病室の中で、金髪のロン毛にスカジャン姿は、完全に浮きまくっている。
ベッドで眠る親父の顔は青白く、一気に老け込んだ様に見えた。たまに軽い風邪をひくことはあっても、寝込むことなどなかっただけに、こうして病院で寝ている姿は違和感しか感じない。
俺は親父の顔を見つめたまま、圭太に問いかける。
「で、親父はどうしたって」
「も、盲腸だそうで、もう手術も終わって……今は、薬で眠ってます……剣さん、すみません、俺、慌てちゃって」
俺の顔を見てホッとしたのか、圭太は答えながら背中を丸めて、申し訳なさそうな顔をする。
圭太は高校を中退した後、街中で喧嘩を吹っかけてはボロボロになっているところを、物好きな親父が拾ってきた男だった。ひょろりとした身長で、顔つきだけはいっちょ前に野良犬のように荒んだ顔をしていた。例えるならば、薄汚れたグレイハウンド、とでも言えばいいだろうか。だが、見掛け倒しで、腕っぷしは今一つという残念なヤツだった。
上背だけはある圭太と、小柄だががっしりした身体の親父が並ぶ姿は、凸凹過ぎてかえってシュールな感じだった。
「盲腸か……緊急で手術になったってことは、親父のやつ、ずっと痛みを我慢してたってことか」
思わず舌打ちが出てしまう。
親父……藤崎宗五郎は、本当の親父ではない。亡くなった母の兄で、俺とまだ幼い妹の万葉を引き取って育ててくれた。本当の父親が誰かは知らない。生きてるのか、死んでるのかも。今では、親父がただ一人の親だと思っている。
「……剣か」
いつの間に目が覚めたのか、親父がしわがれたような声で、俺の名を呼んだ。
「親父」
「オヤジさんっ」
勤めて冷静に声をかけた俺に対して、圭太は声を裏返して、親父のほうへと身を乗り出した。
「……騒ぐんじゃねぇ、圭太」
「す、すみませんっ」
すぐにシュンとなる圭太に、親父はげんなりした顔をする。圭太は親父に懐き過ぎてしまったせいか、親父のたった一言にも感情を上下させる。まさに犬っころみたいな様子に、周囲は生温い視線を向けることが多いが、静かな病室には、そんな視線を向ける人間は、俺くらいしかいない。
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