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第19話 母親は山ほどのケーキに困惑する(3)
揚げ物の美味しそうな匂いがフロアを漂っている。お惣菜売り場には、和洋中と、さまざまな料理が並べられ、夕飯前ということもあって、それを求めて買う人々が溢れている。当然、バイト前の俺の食欲もそそられる。
みわ子は、揚げ物を何種類も取り扱ってる惣菜屋で、週五日、パートで働いている。
「あ、政人!」
みわ子が黒いエプロンに、黒い三角巾を頭にして満面の笑みで、手を振ってる。自分の親ながら、元気がよすぎて恥ずかしい。小柄な身体に童顔のおかげで、いつも若く見られるらしい。それだから、男にも侮られることが多いみたいだ。強引な相手の言葉を、断れないことも、原因の一つだとは思う。
正直、母子家庭のうちに、俺の学費なんか用意など出来なかった。そんな俺たちに手を差し伸べてくれたのが、武原さんだった。差し伸べた、というか、強引に、貸し付けてきたというか。
今も少しずつ返済している借金。その苦しみを知ってるだけに、これ以上、人から借りたくなかったけど、武原さんの「学力があるんだったら、大学くらいは出してやれ」という言葉と、威圧感たっつぷりの一睨みで、みわ子がありがたく借りることになったのだ。でも、その返済は俺が働いて返すってことになってる。だから今のバイトも頑張ってるんだけど。これでも、ちびちびと返しているのだ。
「どうしたの」
俺は揚げ物がいくつも並べられたガラスケースの前に立つ。俺以外にも揚げ物を買いに来てるおばちゃんが立ってたけど、まだ迷ってる様子。
「ごめんねぇ。ちょっとお客さんから貰い物しちゃって」
眉を八の字にして困った顔をしてるみわ子は、そう言ってササッと裏に引っ込んだ。奥では調理してる人がいるのか、何やら話し声が聞こえてきたけど、すぐにみわ子がケーキが入るような箱を一つ手にして現れた。
「これ、常連さんが持ってきてくれたんだけど、生ものみたいで。ここに置いとくわけにもいかないから」
「え、これ、俺が持ってくの?」
これからバイトに行くというのに、こんなの持たされても、先に家に帰るみわ子が持って帰ればいいじゃん、と俺は思うわけで。
「バイト先の子たちと食べて……実は、もう一箱あるのよ……」
最後には口元に手を添え、声を小さくして困ったように言う。渡された箱は、ホールのケーキが入りそうなくらい大きい。手に持ってみると、けっこうずっしりだ。
「もう一箱のほうも、同じくらいのでね。半分は今日いたスタッフで食べちゃったの。残ってるのは、明日にでも食べるにしても、さすがに、それもってなるとね」
「……なるほど」
今日、うちの店にいるのは男ばっかで、全部食いきれるかは微妙ではある。まぁ、その時は、冷蔵庫にでも入れて、明日来る、パートの高田さんとか、あすかちゃんとかが始末してくれるに違いない。
「注文いいかしら」
「あ、はいっ」
迷ってたおばちゃんが声をかけてきたのを機に、みわ子はお客さんに向かう。俺はそのままケーキの入った箱を持って、バイト先へと向かうことにした。
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