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第20話 母親は山ほどのケーキに困惑する(4)
ケーキを貰ったその日は、シフトに入ってた店長も宇井さんも、翌日に入ってた高田さんもあすかちゃんも喜んでくれた。色んなケーキが入ってたおかげで、一人あたり二個、食べることが出来たのだ。
しかし、それが、一週間で三回目ともなると嫌になる。そう、三回だ。これって常識の範囲内……ではないよな?
「マサくん、さすがに飽きるというか……まだ昨日もらったの残ってるんだけど」
昨日の夜に入った和田くんが、甘い物はそれほど好きじゃないっていうので戦力外だったせいもある。宇井さんが洗い物をしながら、困ったような笑顔を浮かべてる。
「ですよねぇ……」
今回も同じケーキ屋の箱を片手に、俺は苦笑いを浮かべるしかない。宇井さんの言葉に、俺も同じ思いです、と言いたい。というか、実際、ケーキを受け取る時だって、みわ子も困ってたのだ。
そう、俺はもしかして今日も? という思いから、みわ子からの連絡を受ける前に、講義をサボって揚げ物屋に行ってみたのだ。そして、当然のようにその瞬間に立ち会ってしまった。
満面の笑みで、みわ子に大きなケーキの箱を差し出しているおっさん。年齢は五十代くらいだろうか。背の小さいみわ子よりも、ちょっとばかし大きいってくらい。たぶん、俺より小さい。その代わりに横幅がかなりしっかりついてるというか……うむ、恰幅がいい? とでも言えばいいか。着てるスーツとか、パリッとしてて、なんだか金持ちそうに見える。
同じおっさんでも、今では牛丼屋の常連になってるおっさんとは別の生き物に思える。むしろ、最近来ない宗さんに近いかもしれないが、宗さんはあんなギラギラしてない。
そもそも、こんなおっさんが惣菜屋の並ぶフロアにいること自体、物珍しいんじゃなかろうか。
「芦原さん、本当にありがたいんですが……」
「いやいや、私の気持ちなんで」
「でも……」
芦原と呼ばれたおっさんの言葉に、押され気味のみわ子。どうせなら、調理場にいる人がフォローにでも入ればいいのに、誰も助けに行こうとしない。それもそのはず。おっさんの後ろには、ヤバそうな雰囲気の男が二人もついてるんだ。二人とも暗めな色のスーツを着てるけど、顔つきがどう見ても一般ピーポーには見えないんですけど。あの紅ショウガ好きの『坊ちゃん』と一緒にいた黒服の方を思い出す。あれじゃぁ、無理だわ。俺だって足が竦むもの。
そして。おっさん、どう見てもみわ子狙いじゃねぇか、と俺でもわかった。おっさんのあのデレてだらしない顔。でも、その気持ちはみわ子には通じてないように見える。だって、貼り付いてる笑顔、完全に作り笑いだもの。
「いいから、いいから。皆さんで食べてくださいよ」
「はぁ……じゃぁ、これはいただきますけど……」
結局、困った顔で受け取るみわ子。強引に持たされると拒否できないんだよなぁ。だからといって俺も間に入る勇気もない。
おっさんの後ろに立ってた男が、調理場のほうから出てきたおばあちゃんから店のロゴ入りの大きな袋を渡される様子を伺ってるしかなかった。
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