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第28話 チンピラはつゆだく牛丼に塗れる(4)

 大学での講義が終わってすぐに、いつものようにバイトに向かう。今日は店長もバイトリーダーの宇井さんもいない。代わりに、宇井さんの次にここでの勤務歴の長い原さんと、和田くんと俺の三人。原さんはここでバイトをしながら劇団でお芝居をしているらしい。イケメンかというと、どっちかというと味のある感じ。 「はい。牛皿定食ね」 「はーい」  味がある、だけじゃないな。声がいいんだ。この声だけでも仕事出来るんじゃねーかな、って思うだんけど。  そんなことを思いながら牛皿定食の載ったトレーを持ってカウンターの中に入っていく。普段と変わらないのんびりとした店内。  そしていつもと同じ時間におっさんはやってきた。 「いらっしゃいませ~」  俺の方を見るでもなく、無表情に自販機に向かっていつもと同じ牛丼大盛。俺の方もあえていつもと変わらない風に接客する。カウンターの定位置に座ったところで、俺は食券を受け取る。 「牛丼大盛に豚汁ですね」  ほんと、豚汁好きだな。俺はそのことに気付いて口角が自然と上がってる。俺はそのまま離れようとしたが、今日はおっさんから「つゆだくで」というオーダーが付いていた。珍しいこともあるものだ。 「汁だくですね。畏まりました」  俺は食券の半分をカウンターに置くと中へ戻って、注文を通す。  武原さんに話をしたことで、気が抜けていた。そんな時ほど、悪運というものはやってくる。 「いらっしゃいませ~」  和田くんの声に、俺も遅れて「いらっしゃいませ~」と声を出す。振り返ってみると、見るからに質の悪そうな若い男二人が自販機の前に立っている。繁華街の近くという場所柄もあって、そういうお客さんもいるにはいるから、いつものことだ。  いわゆるチンピラ風の男たちが、一席だけ空けて、おっさんの隣の隣に座ったところに、和田くんがお茶を二つ持って注文を聞きに行く。おっさんには怖がるくせに、チンピラには気にせず行けるっていう、和田くんの精神がよくわからない。 「高橋~、牛丼大盛つゆだく~」 「あ、はい」  原さんの声に、おっさん用の牛丼を受け取り、おっさんの席へと向かった。 「マサくんですか?」  和田くんの声が聞こえた。俺の名前? と視線を和田くんへと向けると、チンピラの一人が俺に目を向ける。まさに「見つけた」、そんな風な鋭い目付きに一瞬固まる。 「お前か」 「おい、出てこいや」  いきなり男二人が立ち上がって怒鳴りだした。  全然顔も知らない相手に怒鳴られて、なんで? どうして? と俺の頭は真っ白になって、身が竦む。和田くんも驚いて「えっ、えっ?」と俺と男たちを何度も見比べてる。  すぐに動かない俺に、苛立った男たちはカウンターの上から乗り込もうとしてきた。まさか、普通そんなことしないだろ? 俺は恐怖から、男たちから逃げようと牛丼を載せたトレーを持ったまま、背中を向けた。 「おいっ、待てやっ!」  狭いカウンターの中に入って来た一人が、俺のシャツの襟を掴んだ。 「ぐぇっ」 「ぎゃっ」 「ぐぉっ!」  ……最初のは、襟を引っ張られて首が絞まった俺の呻き声。その後は、掴まれた勢いで俺の手から離れて後ろに飛んだ、つゆだく牛丼を頭から被ったチンピラの声。  最後のはおっさんに殴り飛ばされた、もう一人のチンピラの呻き声でした。 「うるせぇんだよ」  おっさんのどすの聞いた声とともに、店内は、なかなか凄まじいい状況になってしまった模様です。  ……あはははは。

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