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第29話 チンピラはつゆだく牛丼に塗れる(5)

 その後は、お決まりの展開。当然、チンピラたちの怒りが収まるわけがない。 「……ってぇ……ジジィ、何しやがるっ」 「くそっ、最悪っ」  おっさんに殴られた男が叫び、牛丼まみれの男は俺から手を離して頭に被った牛丼の残りを振り払う。  ああ、どうしよう、と、真っ青な顔でおろおろしていると、殴られた男のほうがおっさんに襲い掛かろうとしたんだろうけど……おっさんの一発であっけなく撃沈。  牛丼まみれ(勝手に命名)は、まさか仲間がやられるとは思ってもいなかったのか、俺に向かってた意識がら倒れた仲間のほうに向いた。 「リュウジッ」  叫ぶ牛丼まみれに、おっさんの冷ややかな視線が突き刺さる。その視線に、俺は少なからず恐怖を感じてしまった。俺に向かっているものじゃないってわかってても、怖い。 「おら、てめぇもやられてぇなら、出てこいや」  おっさんの煽るような低音ボイスに、案の定、のっかる牛丼まみれ。怒りの勢いなのか、身体に着いてた肉や玉ねぎを振りまきながらカウンターを飛び越えた……けど、案の定、おっさんに殴られて、一言もなく、床とお友達になった。あまりにも早い展開に、俺は呆気に取られてしまう。店内は誰も声をあげない。 「……牛丼は、また今度でいい」  ぼそりと言うおっさんの言葉に、ボケッとしてた俺は意識を取り戻す。 「あ、す、すみませんっ!」  俺の慌てた声に、おっさんは片手だけあげて店を出ていく。息も乱れてない様子はカッコよすぎるだろ。 「す、すげぇ……」  ポツリと声が出る。やっぱり『ヤ』のつく職業は伊達じゃない。そんな風につくづく思っていると、今度は警察官が入って来た。 「喧嘩の通報をもらったんだけど……こいつらか?」  誰が連絡してたのか、二人の制服を着た警察官が驚いた顔で、床で寝ているチンピラたちに目を向ける。一人は牛丼まみれだしな。 「あー、通報したのは私です」  俺の背後からの声に、さらにビックリする。すっかり厨房にいた原さんの存在を忘れてたよ。  それからは事情聴取ってことで、その場にいたお客さんも含め、警察官に話を聞かれた。特に、和田くんの話から俺が名指しされたってことが分かってからは、詳しく聞かせろ、と言われたけど、肝心な俺の方が身に覚えがない。知らないうちに、相手のひんしゅくを買っていたのだろうか。警察官からは、気を付けるように注意を受けたけど、どう注意すればいいんだか。考えても思いつかないだけに、俺の方も困惑するしかなかった。

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