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第30話 閑話:イケオジ組長の溺愛相手(1)

 武原は、目の前で美味そうに煮魚を食べている政人を見つめていた。その様子は、初恋の人である、みわ子にそっくりで、ついつい顔が緩みそうになった。  藤崎剣から、政人から連絡を取りたいらしいと聞いた時、何が起きているのかと、心配になった。剣の父親、藤崎宗五郎には、二人を借金地獄から救った日から、護衛も兼ねて張りついてもらっていた。政人が大学入学とともに、その護衛も政人の夜のバイトの時だけ、に変わった。  そんな中、宗五郎のまさかの入院には焦ったが、宗五郎が剣に任せたと聞いた時は、ホッとしたものだった。ただ、あの強面が政人のバイト先を見守ってる様子を想像すると、自然と笑いがこみあげてくる。店の中で浮きまくる剣の姿を、一度は見てみたいと思った。  そんな中、二人との接触がしたくても、武原自身の稼業を考えると、みわ子や政人とは一定の距離を保たねばいけない、と、自重していた。自分の息子はすでに可愛げのないくらいに育ち、娘に至っては懐きもしない。身内よりも、みわ子たちの方が自分自身の弱点になっている自覚があるだけに、極力、周囲に悟らせたくはなかった。  だからといって、政人のほうから連絡を取りたがっていると言われれば、すぐにでも会いに行きたいと思ってしまう自分に、武原は苦い笑みを浮かべる。  移動中の車の中、気が付けば武原は、昨夜のうちに藤崎から渡されたメモに書かれていた、政人の携帯の番号を押していた。 『はい?』 「……政人か」 『あっ! た、武原さんでしたかっ。ごめんなさいっ』  驚いた声と共に、ガタンッ、と何かがぶつかるような音がした。慌てている様子が目に浮かんで、つい口元が綻ぶ。そんな武原の様子に気付いたのは、助手席に座っていた部下の矢崎。今まで優し気な笑みなど浮かべたところを見たことがなかっただけに、目を大きく見開いてしまう。その様子に気付きもせず、武原は政人と楽し気に話を続ける。  話を聞けば、みわ子のことで相談したいことがあるという。政人も大事だけれど、みわ子も大事な人だった。けして自分の手の中に囲い込める人ではないけれど、彼女たちを助けた日から、何かあれば、必ず手を差し伸べると、二人を絶対に守ると心に決めていた。 「明日」 『はい?』 「明日の昼、少しなら時間がある。飯でも食いながら、話を聞こう」 『あ、ありがとうございます!』  政人の嬉しそうな声に、武原は笑みを浮かべながら窓の外へと視線を向けた。

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