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第31話 閑話:イケオジ組長の溺愛相手(2)

 煮魚を口に運びながら、みわ子の近くに現れた怪しい男たちがいる、ということを淡々と話しをする政人。みわ子の状況を考えて苛立つ気持ちを焼肉をガツガツと咀嚼することで昇華する武原。せっかく、初めて二人きりで合っている今、政人を怖がらせたくはなかったからだ。  政人の口から「芦原」という名前が出てきた。少しばかり因縁のある相手と同じ名前なのが気に入らない。 「……芦原ね」 「……知ってるんですか?」  一瞬、不安そうな顔になる。その様が若い頃のみわ子の面影と重なる。武原と親友だった兄貴のことをいつも心配そうに見ていたみわ子。みわ子の兄貴は、武原と違って度胸もなければ、プライドもない奴だった。だけど、どうしても見捨てることが出来なかった。  結局、みわ子の兄貴の行方は知れず、借金だけを残していったことに、武原はずっと怒りを燻らせていた。しかし、それを発散させる相手は、見つからない。 「とりあえず、その相手やらについては、俺の方で調べておく。政人は心配しなくていいからな」  武原の言葉に、少しだけ情けない顔で笑顔を浮かべる。親友も似たような表情を浮かべては、自分の後をついて歩いていたことを思い出す。親友と違って、政人は自分の意思で歩いている。その違いに安堵する。この子は、親友とは違う道を歩めるに違いない。 「お前はゆっくり食ってけ」 「は、はい」  ニヤリと笑って注文票を手にさっさと個室から出た。  個室の両サイドからは部下の矢崎と木村が現れた。無表情の二人が武原の後を無言でついてくる。 「……まさかとは思うが、芦原組、洗っておけ。念のため、みわ子に一人、張り付いとけ」 「わかりました」  万札と注文票を木村に渡すと、矢崎と武原はそのまま店を出た。  店の近くに止めてあった車の後ろに、もう一台の車が止まっているのに気付く。後部座席から顔を出したのは、武原の息子……武原一政だった。 「親父……珍しいね、こんなところで」  武原よりも妻のほうに似ている、線の細いモデルタイプの息子に、ジロリと目を向ける。 「おお、怖っ。そんな風に睨まなくても」 「お前こそ、何の用だ」 「いえね……ちょっと、野暮用でね」  みわ子と政人の存在については、一政たちには教えてはいなかった。どこかで漏れたのか、と内心の焦りを顔に出さないように武原は無表情に見つめる。 「それじゃ」  少しお道化た顔で片手を上げると、車のパワーウィンドウが下がっていく。そんな一政を忌々しく思いながら、武原は自分の車に乗りこむと、車は静かに動き出す。 「矢崎、なるべく早く調べろ」 「はい」  武原は大きくため息をつくと、瞼を閉じた。                    * * * 「親父がこんなとこに来るとはねぇ」  一政は呆れたような声で呟くと、スモークガラス越しに、武原が出てきた居酒屋の方へと目を向ける。  たまたま、組長の車と似た車を見かけ、運転手も自分の組の者だというのに気が付いた一政は、不審に思った。最近は自分に仕事を任せることが多くなって、外出が減っていた組長の車が、なぜこんな学生街ともいえる場所にあるのだろうか、と。あえて、その車の後ろに付けて待っていると、組長の武原が安そうな居酒屋から出てきたことに、一政は驚いていた。 「まぁ、確かに、珍しいっちゃ珍しいかもしれませんけどぉ」  そう暢気に答えたのは助手席に座っていたスキンヘッドの沢田。 「まぁ、もう少し様子を見てみましょうや。組長が会ってた相手が気になります」  運転席からサングラス越しに見てくる五十嵐が、宥めるように言うと、一政は「ふんっ 」と鼻を鳴らして、居酒屋へと目を向ける。  しばらくして一人で政人が店から出てきた。上機嫌で鼻歌交じりの政人に気が付かないまま、一政たちは『武原の相手』が出てくるのをいつまでも店の前で張り込み続けた。

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