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第40話 閑話:オッサンが落ちるのは恋か、罠か(2)

 いつものように牛丼屋に行くと、政人の元気な「いらっしゃいませ~」という声が、俺を迎えてくれる。  政人は今日、組長と会っていたはずで、少しは話が出来たのだろう。ずいぶんと機嫌がよさそうな様子に、内心ホッとする。詳しい話は組長からは聞かされてはいないが、引き続き、政人に張り付いていろ、とのことだったので、今日もいつも通りに牛丼屋にやってきた。  自販機でいつも通りの牛丼大盛に豚汁を選び、つゆだくで、と頼む。こっちのほうが思い切りかきこめる。  接客用のとは違う笑顔の政人が、半券をちぎって離れていく。俺はその背中をチラッと見ると、口元を緩め、携帯電話を取り出そうとした。 「いらっしゃいませ~」 「いらっしゃいませ~」  もう一人の若い男の店員の声と、それに続いて聞こえる政人の声。新しく入って来た客に対しての挨拶の声に、俺はふと視線を動かす。ずいぶんと柄の悪そうな若い奴らが来たな、と自分のことを棚に上げて思う。ピリピリした空気を纏った二人の男。目付きの悪い奴らだな、と思いながら、携帯電話に目を戻そうとした。 「おい、兄ちゃん」 「はい?」 「マサトっている?」 「マサくんですか?」  若い店員が半券を切りながら、不思議そうな声で返事をする。俺はすぐに同じ並びに座った男たちへと目を向けた。奴らは剣呑な眼差しを政人へと向けた。 「お前か」 「おい、出てこいや」  勢いよく立ち上がり、そう声に出したと同時に一人がカウンターの中に飛び込んでいく。俺は、その後を追おうとしたもう一人のほうを自然と殴りつけていた。もう一人もどうやったのか、政人の持っていた牛丼(あれは俺のだったはず)を頭からかぶっていた。自業自得だ。 「……ってぇ……ジジィ、何しやがるっ」 「くそっ、最悪っ」  俺に殴られた奴はすぐに頭に血が上ったのか、立ち上がって反撃をしようとしたが、俺のもう一発に簡単に床に倒れ込む。中にいた奴に冷たい眼差しを向け、かかって来い、と煽ってやったら、簡単にそれに引っ掛かってくれたので、こいつもあっけなく沈んだ。  俺の視野の端に、厨房の中の男が電話をかけている姿が目に入った。警察にでも通報しているのかもしれない。あいつらに余計な弱みは掴まれないに越したことはない。床に倒れ込んでいる二人に目を向ける。ここでは見たことはない奴らではあったが、政人に危害を加えようとしていただけに、組長に報告だけはしておこうと思った。  俺は牛丼を待たずに店を出ることにした。

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