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第41話 閑話:オッサンが落ちるのは恋か、罠か(3)

 自分には不似合いな高級ホテルの一室。そこにいるのは、昔世話になった池中組の先代と、なぜか昔別れた元妻、そして中学生くらいの女の子が、神妙な顔で座っていた。  組長からの依頼がなければ、いつも通りに政人の顔を見に牛丼屋に向かっているはずだった。それが変更になったのは、昼間、外出先から組事務所に戻った時だった。 「剣さん、組長がお呼びです」  無表情に声をかけてきたのは、組長の秘書、白須。女みたいに線の細い男のわりに、喧嘩じゃ俺とタメをはる。白須の後について組長の部屋へ入ると、デカい机の向こうに携帯をニヤニヤしながら眺めている組長がいた。滅多に見せない表情だけに、目を瞠る。 「……組長、お呼びだそうで」  俺のその声に、すぐにニヤケた顔を引き締める組長。内心、もう遅いですよ、と思いながら、机の前へと進む。 「ああ、悪いな。今日の夜、空いてるか」 「……ええ、例の件以外では」 「そうだったな……」  俺と一緒に入って来た白須へと目を向ける。組長の動きを把握している白須が、政人の件を知らないわけがない。しかし、政人の名前を出さなかった。  牛丼屋周辺は、芦原組とのトラブルは落ち着いてはいる。あれ以来、警察官が巡回している姿をよく見かけるようにもなった。そう頻繁に変な事件など、起きることもないだろうと思った。 「どういった件ですか」  組長の迷った様子に、問いかける。 「池中組の先代の喜寿の祝いがあってな。俺だけ顔を出そうかと思ってたんだが、先代が久しぶりにお前の顔を見たい、とか言い出してな」 「もう、そんなお年になりましたか」  池中組の先代は、俺が十代の頃に世話になった人だった。  当時、馬鹿な俺は年上の女に「子供が出来た」と騙されて結婚したあげく、兄貴と慕ってた男に寝取られた。結局離婚することになったものの、その男が池中組の人間だったこともあり、その間に入ったのが池中組の先代だった。昔気質な組長ということもあり、ガキを相手に親身になってくれたことは、今でも頭が上がらない存在だ。 「ああ、だが、あちらさんのお祝いだ。お前も会いたくない相手も来るだろう」 「……もう関係ありませんよ」  組長が言ってるのは、元妻と夫となった男の話だろう。いまだに池中組に席を置いているようだが、四十を過ぎてもいつまでも下っ端にに甘んじているような男に、興味はない。第一、元妻だった女にしても、『元妻』といえるほどの関係を築く時間すらなかった。 「そうか」  組長はニヤリと笑うと、詳しいことは白須に聞け、と言い出ていくように促す。俺たちは素直に部屋を後にした。

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