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第44話 オッサンとの距離感に困惑する俺(1)

 キャバクラのママが差し出した傘を、無言で受け取ったおっさんに肩を抱えられながら、俺はフラフラと歩いてる。雨が降ってるせいで、少し肌寒いけど、俺の肩を掴むおっさんの大きな手が、温かいなぁ、とか思ってる。  どうも俺はちょっと飲み過ぎたらしい。いや、アルコールが高いのを飲まされただけだから、量を飲み過ぎたわけじゃない。うん。だけど、足に力が入らないんだ。なんか、情けない……。 「まっすぐ歩け」  おっさんの呆れたような声が、ぼわんと聞こえる。   「す、すみましぇん……」  情けないくらい呂律が回ってない。ここに海老沢がいたら、思い切り馬鹿笑いされてる。  俺は、おっさんが怖い顔をして現れた時のことを思い出す。チンピラに絡まれた時ですら、それほど感情を露わにしなかったおっさんが、この時ばかりは、一瞬だけ俺の酔いが覚めるくらいに怖かった。そんなおっさん相手に『坊ちゃん』はどこかご機嫌そうで、酔った頭でも、この人も怖いもの知らずだな、と思った。  おっさんは何も言わずに、目の前に止まってるタクシーに俺を押し込むと、その隣に大きな身体で乗り込んだ。ぼーっと窓の外を見ると、雨足はだいぶ落ち着いている。気が付くとタクシーは動き出していて、どこにいくんだろう? と酔った頭で考えた。その間、おっさんは何も言わない。だけど、問いかける気力も湧かない俺は、いつの間にか目を閉じていた。  ……どれくらい経ったのか。時間の感覚もなくて、深い眠りに落ちていたようだ。 「政人」  うん? 優しい誰かの声が聞こえて、徐々に意識が覚醒していく。 「ほら、起きろ」  うーん? 誰だ。明らかに男の声だから、みわ子じゃない。俺は、重い瞼をなんとか開けようとするんだけど、まるで、粘着テープでもついてるんじゃないか? って思うくらい、開けられない。 「しょうがねぇなぁ……」  ずるりと引き寄せられたかと思ったら、急にふわりと身体が浮いた気がした。あれ? 俺、抱きかかえられてる? てか、誰に!?  その驚きで、バキンッと急に眠気が覚めて、バチッと目が開いた。 「起きたか」  ええ、起きましたとも。目の前に、おっさんの精悍な顔がありますから。思いの外、穏やかな声にも驚いてますけどね。 「ほえっ、な、なんで?」  情けない声を出しながら、だらしなく開けた口に涎が出てないか、無意識に手で拭う。辛うじて無事だったことにホッとしながら、改めて自分の今の状況に、慌ててしまう。ていうか、おっさん、俺を簡単に抱えすぎだろっ! 「あ、あの、降ろしてくださいっ」 「……ああ」  ストンと地面に足をついて軽く体がふらつく。俺はなんとか踏ん張ると、周囲を見渡した。 「えと、ここ……どこですか?」  タクシーはすでになく、雨はあがってる。夜中を過ぎているせいで、人影はない。そして目の前には背の高いマンションが建っていた。  おっさんは俺の問いには答えずに、そのマンションの方へと向かっていく。俺はマンションを見上げながら、つい、うちの古びたボロアパートを思い出してしまう。 「早く来い」  振り返って俺を呼ぶおっさんの声に、我に返る。 「え?」 「泊めてやる。早く来い」  おっさんはぶっきらぼうにそう言うと、エントランスの中へ入っていく。ここまでくると、状況がよくわからないながらも、俺はおっさんを追いかけていくしかなかった。

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