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第45話 オッサンとの距離感に困惑する俺(2)
おっさんの部屋は、うちと比べても大差ないくらい……何もない部屋だった。
マンションといっても、部屋自体もそんなに広い感じでもなく、何の生活感もない。玄関からすぐに見えるリビングには、テレビと黒い革のソファだけ。何も敷かれていないフローリングのせいで、部屋の中が寒々しいくらいだ。うちのアパートとの違いがあるとすれば、部屋に残る煙草の匂いだろう。
おそらく、おっさんが一人で暮らしてるのかもしれない。そして、きっと、ここには寝るためだけに帰って来てるのだろう。
気が付くとおっさんはスーツの上着を脱いで、ソファに投げ捨てると、狭いキッチンに向かった。
「ほれ」
おっさんは冷蔵庫から、水の入った五百ミリリットルのペットボトルを、リビングでボーっと立っていた俺に向かって放り投げた。慌てて受け取ると、俺は思わず、それを頬にあてる。ひんやりとしてて気持ちいい。
おっさんの方は、同じように冷蔵庫からビールの小瓶を取り出すと、カツンッと音をたててビールの蓋を開けると、ゴクゴクと勢いよく飲んでいる。激しく動く喉ぼとけに、吸い込まれるように目がいく。白いシャツがぴちぴちとして、隠された筋肉が容易に想像できてしまって、つい、自分の貧弱な身体を思い出す。
……羨ましい。
思わずうっとり見ていた自分に気が付いた俺は、慌ててペットボトルのキャップを開けると、一気に水を流し込んだ。
「ぷはぁぁ」
ついつい、大きく息をはく。冷たい水が身体に沁み込む感じ、マジで生き返る、ってこういうことを言うんだろうな。酔いはまだ残ってるけど、少しはまともになった気がする。
ふと視線を感じて振り向くと、おっさんがなんだか惚けた顔で俺を見ている。
「な、何か?」
「あ、ああ、そういえば、母親に連絡はしてあるのか」
「ああっ!」
おっさんの言葉に、みわ子に何の連絡もいれてなかったことに気が付いた。
もともと、俺がバイトで帰りが遅いのはみわ子もわかってるし、いつものことだから次の日の仕事を考えて俺のことを待たずに寝てしまっている。それだって、本来なら終電では帰っていたし、稀に天童や海老沢と飲みに行って、そのまま海老沢のアパートに泊まりになっても、連絡だけはしていた。
だけど、今日は何の連絡もしてないし、すでに電車なんか走ってない。
そもそも『坊ちゃん』に拉致られた時点で、連絡なんかいれる余裕なんかなかったし。
アワアワしだした俺の頭に、おっさんの大きな掌がのった。それが、わしゃわしゃと撫で捲ってくる。重い、重いよ、おっさん!
「もう遅いからメールだけでも入れておけ。朝になったら、家まで送ってやる」
「え、でも」
「俺はシャワー浴びてくる。お前も、もう少し酔いが覚めたら入れ」
「は、はいっ、あ、ありがとうございますっ」
俺に背を向け、浴室のある方へと向かっていくおっさん。なぜか両耳が赤くなっているように見えたのは気のせいだろうか。
……まさか、あの程度のビールで酔うわけないよな?
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