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第47話 オッサンとの距離感に困惑する俺(4)
朝帰りをした俺に、みわ子は「連絡遅い」と、玄関先でムッとした顔で出迎えた。すでに出勤のために、化粧も終わってる。といっても、眉を描いてるだけの薄化粧だけど。年齢のわりに若く見えるのは、童顔のせいだ。みわ子に似た俺も童顔系。時々、それで損することもある。
メールは昨夜のうちに送ってたけど、きっとみわ子が気が付いたのは今朝になってからだったのだろう。そのせいで怒ってるんだ。でも、メールできただけ、マシだと思うんだけど、みわ子は昨日のことを知らないんだから、仕方がない。そもそも細かいことは説明するつもりはない。
「ごめん」
俺はそそくさと家に入る。
おっさんは車で送ろうかと言ってくれたけど、結局、最寄り駅を教えてもらうだけで、逃げるようにマンションから出てきたのだ。
「朝ごはんは?」
「食ってきた」
早朝からやってる駅の立ち食いのうどん屋で、わかめうどんをかきこんできたのだ。
「政人、あんた、今日学校は?」
「ある」
「……遅刻しないで行きなさいよ」
「うん」
俺は今日の講義のテキストだけ手にすると、バッグの中に入れていく。本当なら着替えたいところだけど、壁にかかる時計を見ると、そんな余裕もなさそうだ。
「今日は?」
「あ、今日もバイト」
「遅くなるの?」
「ううん、いつも通り」
……のはず。一瞬、『坊ちゃん』の顔と、おっさんの顔が浮かんで消える。さすがに昨日の今日で何かあるとは思えない。思いたくない。
「じゃあ、私、今日は早番だから行くね」
「うん、俺もすぐ出る」
「あっそ」
まだちょっと不機嫌なみわ子が、アパートのドアから出ていく後ろ姿を見送る。
昨夜、海老沢たちと飲んでて、終電を逃したので泊って帰るってメールした。だから、俺が『ヤ』のつく職業の人たちといたとは思ってないだろう。みわ子の様子に、気付かれてないとわかって、ホッとする。
さすがに、正直に教えたら心配させるのが目に見えてる。たぶん……武原さんの名前を出しても心配しただろう。世話になってる相手とはいえ、武原さんの仕事のことを知ってるだけに。
俺も急がないと、一限に遅刻する。出席日数に厳しい教授だけに、休むわけにはいかない。天童も海老沢も取ってない講義だから、代返も無理だ。
「ヤバイヤバイ」
小さく呟きながら、慌てて玄関を出て鍵を締める。見上げた空は、薄曇り。少し、蒸し暑くなるだろうか。
「いけね。急がなきゃ」
俺はアパートの階段を駆け下りた。
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