50 / 89

第50話 オッサンとの距離感に困惑する俺(7)

 店の中はポップなBGMと厨房の音、そして時々、目の前の男たちが食ってる音だけ。  オンナって、なんだよ。オンナって。俺はどう見ても男だろうが。『坊ちゃん』の言葉に頭が一瞬、真っ白になる。 「だって、そうでなきゃ、こいつがこんな店にいる意味がわからん」  そんなの、俺だって知らねーよっ。  そう言い返せたら、どんなにもいいだろう、と俺は思った。でも、簡単にキレるほどに単純じゃない。俺は、乾いた笑いでその場を濁そうとした。 「若頭……揶揄うのもいい加減にしてくださいよ」  おっさんの渋い声がした。でも、それに怒りは感じない。むしろ、呆れ、に近いだろう。 「藤崎~、もう、正直に吐いちまえよぉ~」  スキンヘッドたちの先に座っているおっさんに、『坊ちゃん』は背を伸ばして声をかけている。どう見ても気安い関係にしか見えない。 「ああ、はいはい。オンナでいいですよ、オンナで」 「やっぱり? やだなぁ、早く教えろよぉ」 「え、え、えぇぇぇぇぇっ!?」  投げやりなおっさんの言葉に、嬉しそうなのは『坊ちゃん』。どう考えたって、おっさんの言葉は冗談に決まってるのに。  そして、叫んだのは当然、俺。 「ちょ、ふ、藤崎さん、あのっ、こ、この人って?」  俺の戸惑いにおっさんは目を向けず、箸を止めずにサラッと爆弾を投下した。 「武原組の若頭だ」  ……おっふ。  てっきり、おっさんとは別の組の人で敵対関係なのか、とさっきまでは思ってたが、まさかの同じ組とは。ということは、サングラスもスキンヘッドも、おっさんの同僚ってことなんだろうか。 「武原一政。よろしくな。で、お前のフルネームは……高橋マサトでいいのか?」  ウィンクかましてきた上に、しっかり俺の名札をチェックしてる。牛丼屋でイケメンがカッコつけてウィンクしてても、様にならない。というか、ヤクザだし。ていうか、男相手にウィンクの無駄打ちだっての。  そこで、フッと若頭の苗字に意識が向く。 「え? 『武原』って……」 「組長の息子さんだ」  二つ目の爆弾が、再びおっさんから落とされる。  この人が、あの武原さんの息子。正直、全然似てない。武原さんは黒髪に少し白髪が入ってきているものの、髪をカチッと撫でつけてて、体つきも大柄でガッシリしてる。でも『坊ちゃん』改め若頭は茶髪のウェーブのある髪で、どっちかといえば細マッチョ。  思わず、似てないですねって言葉が喉元まで出そうになったけど、おっさんの鋭い視線と小さく顔を横に振られて、ゴクンと飲み干す。 「そ、そうなんですね」  俺が顔を引きつらせたのを、若頭は『ヤクザの若頭だったこと』にビビったと勘違いしたのだろう。 「なんだよ、俺なんかより、藤崎のほうがよっぽど怖そうだろうが」 「いえてる」 「ですよね~」  若頭とお付きの二人に揶揄うように言われ、おっさんは三人をじろりと睨む。 「ほら~、藤崎怖いぞ、その顔」 「……生まれつきなんで」 「よく、こんなののオンナになろうと思ったな、マサト」 「い、いや、違いますからっ!」 「もう、照れるなよぉ~」  勝手に盛り上がってるヤクザたちに、俺はなすすべもなく。  ……ここは居酒屋じゃねーぞっ!  そう叫べなかった俺の気持ちを、察してほしい。厨房のほうからも店長たちの生温い視線を感じながらも、作り笑顔でそこに立ち続けるしかなかった。

ともだちにシェアしよう!