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第51話 お嬢の我儘と貞操の危機(1)
結局、若頭たちはは牛丼を食べ終えても、しばらく俺をダシに居座り続けた。さすがに、店長たちも相手が相手だからか、注意出来なかったし、入って来た新しいお客さんたちも、そそくさと出ていく始末。それでもおっさんがいい加減しびれをきらして立ち上がったからか、ようやっと若頭たちも立ち上がってくれた。
……本当に、よかったよ。
「じゃぁな、マサト」
「あ、ありがとうございました~」
「また来るな~」
若頭の楽しそうな声に、内心、来なくていいっ!と叫びそうになった。叫ばなかったけど。綺麗に食べてくれたのはよかったけど。片付けながらホッとする。
若頭たちが出ていってから、おっさんも後を追うようにドアに向かう。
「ありがとうございましたっ」
俺の声に片手を上げる後ろ姿に、やっぱ、カッケェなって見送る。そんな俺を、店長たちはやっぱり生温い目で見ていたわけで。
「……どうかしましたか?」
下げてきた食器類を置くと、答えたのは原さん。なんぜだか、残念そうな顔してる。
「マジであの人と付き合ってんの?」
「ないっ!それはないですっ!」
どこをどうなったら、そうなるんですかっ!
「だって、ねぇ?」
「ねぇ?」
そこ、二人でなんで会話が成立してるっ!?
「あの人のオンナなんでしょ?」
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」
二人同時に同じことを言われ、思わず恥ずかしくて叫ぶけど、店長から「うるさい」と注意されて、すぐに声を抑えるべく両手で口を塞ぐ。
「まぁ、そういうの、俺は気にしないけどさ」
「仕事に支障をきたさなければ構わないよ」
「だからっ、違いますからっ」
必死に否定すればするほど、二人には「大丈夫」「偏見ないから」と繰り返され、俺は結局、ノーマルだってことを説得することは出来なかった。
バイトが終わった俺は、仕事よりも説得することに力を使い果たした感じになってしまい、ほとんど干物のように枯れ果てた感じで店を出る。
「はぁぁぁっ」
従業員出口の壁に手を置き、大きくため息をはく。
「……終わったか」
「ふぇっ!?」
そう言って現れたのは、なぜかいつもならいないはずのおっさん。
「え、えと、何かありましたか」
意外すぎて、ちょっと頭が回らない。
「何も。とりあえず、帰るぞ」
「え、えぇぇぇ」
昨日の今日というのもあるし、散々、店長たちにも揶揄われた(と思いたい)こともあるしで、今の状況についていけない。おっさんはどんどん駅のあるほうに歩いていく。それに反応が遅れる俺。
「ほら、急がねぇと終電なくなんぞ」
「あっ! そうだった」
おっさんが振り向いて、そう声をかけてきた。
まさかのおっさんの出待ちとか驚いている場合ではなく、さすがにタクシーで帰るなんて余裕はない。俺は慌てて走り出す。おっさんを追い越して駅に向かおうとしたけれど、予想外におっさんが俺と並走してる。というか、単純に早足にしかなってない……すげぇ、ショック。
駅についてみれば、全然息きれてないし。一方の俺は、完全に肩で息してる。
「間に合うか?」
「は、はひっ、だ、大丈夫っす」
俺はなんとか改札を抜ける。
「気を付けて帰れよ」
「えっ」
おっさんは改札の向こう側。普通に一緒に電車に乗るのか、と思ってた俺。そんなわけないのに。自分の思考回路が幾分不安になる。
「ほら、アナウンス」
おっさんの言葉に、再び慌てる。
「あ、ありがとうございました」
何に感謝なのか、よくわからなかったけど。とりあえず、俺はペコリと頭を下げると、電車のホームへと向かった。
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