店はいつも通りに忙しい。いや、気のせいか、いつもよりも忙しいかもしれない。 「牛丼サラダセット一つ～」 「あいよっ」 　普段、手抜きしてる感のある和田くんが、キレがいい。そうじゃないと、さばききれないんだから、やっぱり忙しい。夜のこの時間、飲み屋街に人出が多いのか、その流れでうちの店にも来ているのかもしれない。 「はい、牛皿に豚汁のセット」 「あいよっ」 　カウンターが満席状態で、店の自動ドアがひっきりなしに開閉してる。無駄なおしゃべりをする暇もないのは、本当に珍しい。チラリと自動ドアの方を見ると、常連のお姉さんたちが手を振って通り過ぎていく。 「ああっ、俺の癒しが去っていくっ」 　俺と同じタイミングでお姉さんたちに気付いた和田くんが、食器を下げながら嘆いてる。 「口動かしてないで、手、動かせっ」 　店長がいつになく荒れている。まぁね。混んでるしね。 　チロリンッ、と自動ドアの開いた音がしたので、厨房にいる全員がシンクロしたみたいに「いらっしゃいませ～っ！」と声を張り上げる。 　自販機のあるほうに目を向けると、おっさんが驚いた顔で店内を見渡している。たぶん、いつものノリで中もみずに入って来たんだろう。俺たちだって、驚いてるんだ。おっさんも驚くわな。 　おっさんが俺の視線に気づいたのか、こっちに目を向ける。どう見たって満席状態だ。すみませんっていう気持ちをこめて、頭を下げる。すると、おっさんはしょうがないな、って感じで笑うと、さりげなく片手をあげてそのまま出て行った。 　――おっさん、『ヤ』のつく職業のはずなのに、紳士ってなんだ……カッケェ…… 「おらっ、高橋、ぼーっとしてんじゃねぇよ」 「あ、は、はいっ」 　俺は再び、戦場に戻る。こうして忙しくしていると、バイトの時間なんてあっという間だ。おっさんは結局、俺が働いている間は戻っては来なかった。それに気づいたのは、俺が退勤のためにタイムカードを押した後。あれっ？　と思わないでもなかったけど、そんな日もある、と思い直す。これで、従業員出口出たら、いつものように待ってる……と思ったのに、今日はいなかった。 「あれ？」 　周囲を見渡して思わず声が出たけれど、よっく考えてみれば、それは普通のことだ。そもそも大学生にもなって、おっさんに駅まで送ってもらってるっていうこと自体が、おかしかった。そう思いなおすと、今まで素直に送ってもらってた自分が恥ずかしい。これじゃ、若頭に『オンナ』扱いされても仕方がない。 「馬鹿だな、俺」 　苦笑いを浮かべて、肩から下げたバッグを掛けなおして駅に向かおうとした時。 「高橋政人さん？」 　脇からかわいらしい女の子の声がした。 　こんな時間のこんな場所に女の子！？ 　俺はびっくりして声のしたほうに目を向けると、俺よりちょっと背が低くて、ゆるくウェーブした明るい茶色い髪に、どこか勝気そうなつり目の女の子が立っていた。こんな盛り場近くの割に、なんだかどこかのお嬢さん的な格好に、違和感を覚える。 「そ、そうだけど、君は」 　そう答えた後、いきなり襟足にビリリッと激しい痛みが走る。なんだ？　と思う暇もなく、俺は意識を失った。ブラックアウトする瞬間、女の子が酷く恐い顔をしていたことだけが印象に残った。