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第57話 閑話:怒るオッサン、夜の街を走る(1)

 大きなデスクの向こうに座る組長に、先月のシノギの報告をしているところに、若頭が一人、楽しそうに入ってきた。こういう顔をしている時は、俺を揶揄いにくる時だ。チラリと目線だけ向け、報告を続ける。組長は目を向けもしない。若頭も慣れているせいで、そのままソファに腰をかけ、長い足を組みながら、片足をプラプラさせている。   「一政、なんだ」  手元の資料を見たまま、組長は若頭に声をかける。 「ん? 藤崎の報告が終わってからでいいよ」 「……もう、終わりました」 「そっかっ」  バッと勢いよく立ち上がる若頭。百八十七センチの俺と並んでも、遜色ない背の高さ。俺はその場を若頭に譲ろうと、立ち去ろうとした時。 「そういやぁ、マサト、元気?」  組長のいる前で、俺の背中に向かって、マサトの名前を出してきた。俺は一瞬、足を止め、ゆっくりと振り返る。組長は片方の眉をピクリと動かす。 「……ええ」  若頭が高橋親子と組長との関係を、把握しているとは思えないが、組長の顔は幾分、緊張しているようにも見える。  これ以上余計なことを言わなければいいのだが、と思ったところで、この人の軽口は止められないことを知っている。 「いやぁ、最近、会いにいけてないからさぁ」 「……一政、さっさと話があるなら言え。この後、俺も予定があるんだ」  不機嫌そうな組長の声に、若頭は片方の眉だけ上げて、わざとらしく驚いてみせる。外見はあまり似たところがない二人なのに、変な癖が親子だと気づかせる。 「ああ、すみません。藤崎のコレがね。カワイイ男の子なんですよ。俺も気に入っちゃってて」 「……若頭」  小指をたてて上機嫌で話し続ける若頭に対して、段々と負のオーラを醸し出してる組長。俺は二人を何度も見比べながら、若頭に注意を促したつもりだったが、若頭は気づきもしないで、俺の顔をニヤニヤしながら言葉を続ける。 「なんなの、あの子。藤崎の顔を見た時の嬉しそうな顔。羨ましいねぇ、このこのぉっ!」  二十八にもなるっていうのに、どこまでもおちゃらけてみせる若頭。静かに立ち上がる組長の絶対零度の空気に、血の気が引く。その様子にようやく気が付いたのか、不思議そうに若頭が口を開けようとした時。ガシッと組長の筋張った大きな手が、若頭の頭を掴んだ。 「ぐうっ!?」  身長差でいえば、組長の方が十センチ近く低いはずだが、ガタイの良さは五十代とは思えないほどに鍛えている。 「……一政、お前は仕事の話をしろ。藤崎、後で話を聞くから、逃げんじゃねぇぞ」 「……はい」  痛い、痛いと叫ぶ若頭を残し、部屋を出る。そこには、いつものようにサングラスをかけている五十嵐と、呆れたような顔で部屋を覗こうとしていた沢田が立っている。 「なんだ」 「あんたを揶揄いたいんだったら、時と場所、考えればいいのにと」 「…坊ちゃん、藤崎大好きだもんなぁ」  二人はニヤニヤしながら、俺を見る。若頭は五才下とはいえ、もう子供でもなかろうに。俺は大きくため息をつくと、さっさとその場から立ち去った。

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