予定の時間より若干遅れて、池中組の組長の指定してきたクラブに入ると、見覚えのある女が出迎えた。 「いらっしゃいませ」 「……」 　着物姿で現れたのは元妻。にっこりと笑って見せるが、俺の方は渋い顔をするしかない。この様子だと、この店は元妻の店、ということなのだろうか。 「池中さんなら、中でお待ちです」 　仕方なく彼女の後をついていくと、クラブのフロアの奥の個室へと案内される。 「ああ、藤崎、悪いな」 　中にはすでにウィスキーらしきグラスを手にした池中組長が一人。俺が入って来たと同時に、わざわざ立ち上がって声をかけてきた。 「……いえ、こちらこそ遅れてすみません。」 「いやいやいや、まぁ、そこに座ってくれ」 　言われるがままに座ると、いつの間に用意したのか、元妻が温かいおしぼりを差し出してくる。 「お飲み物は何がいいかしら」 「……ビールで」 　ゆっくりと周囲を見渡す。シックな内装に、相当金をかけているのがわかる。規模としてはさほど大きくはないが、客はそこそこ入っているようだ。 「今日は悪かったな」 「いえ……どういった話なんでしょうか」 　そう話しているうちに、元妻が瓶ビールとグラス、それに枝豆の乗った皿を持って入ると、静かに部屋のドアを閉めた。この部屋には俺たち、三人だけになった。 「まずは、一杯」 　池中組長が瓶ビールを差し出す。俺は無言でグラスに注がれるのを見ながら、二人の様子を伺う。目の前に並んで座る二人は、組長と手下の妻、という距離感ではない。かといって、クラブのママと店の客、というのとも違う。 　組長の乾杯、という声とともに静かにグラスを合わせる。俺が呼ばれた理由を考えながら、グイッと飲み干す。すると、すぐに元妻が瓶を手に注いでくる。 　わざわざ俺を単独で呼びだすくらいだから、先代の話といえば、こいつとの再婚話だろう、と予想はしていた。まさか、組長からも、そんな話をされるのか、と身構えていると……。 「悪いんだが、先代からの話、聞かなかったことにしてくれないか」 「……はぁ」 　詳しく話を聞いてみると、組長と元妻、実はダブル不倫をしているというのだ。元妻のほうは、今回の旦那の逮捕で離婚することになったものの、組長のほうはまだだという。先々、そういう話になる予定だが、その話をする前に、先代が俺との再婚話を持ってきたというのだ。 「そういう面倒な話に、巻き込まないでくださいよ」 「すまん」 「それ、実は先代、気づいてて俺に話を持ってきた、とかいうのはないんですかね」 「……ないはずだ」 　正直、組長よりも先代のほうが一枚も二枚も上な気がするんだが。