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第60話 閑話:怒るオッサン、夜の街を走る(4)

 グラスのビールを再び飲み干す。 「もとより、俺にはその気はないんで。そっちでなんとかしてください」 「ああ、そのつもりだ」 「あ、あの……」  俺たちが勝手に話を進めているところに、元妻が遠慮気味に声をかけてきた。 「どうした?」  甘ったるい組長の声に、俺はげっぞりする。元妻は、少し顔を青ざめながら、俺と組長の顔を伺うように、チラチラと落ち着きなく視線を動かしている。 「実は……うちのみゆなんですが……先日お会いした時に、藤崎さんのことを気に入ってしまったみたいで」 「はぁ? みゆちゃんは、まだ中学生だろう!?」 「あ、いえ、その……父親として、なんですけど」  組長は憮然とした顔で、俺の顔を睨んでくる。そんなもんは、俺のせいでもなんでもないだろうが。まだ、娘には二人の関係について言ってないのだろうか。 「お母さん、頑張って、とか言われてしまって……」 「頑張らんでいいっ」  だから痴話喧嘩なら、俺を巻き込まないでくれ。  その後は、何度も先代からの話は断るように言われ、のろけ話と娘の話を散々聞かされるはめになる。いつまで、ここにいなきゃいけないんだろうか、と遠い目をしながら思い始めた時、俺の携帯が揺れた。 「すみません、ちょっといいですか」 「おう、さっさと話して戻って来い」 「はぁ……」  これ以上、何の話があるんだろうか。そのまま、とんずらしたい気がしないでもないが、そういう訳にもいかないか。溜息をつきつつ、俺は携帯を手に部屋の外に出る。 「はい、藤崎」 『あっ、け、剣さんっ』 「なんだ、圭太か。どうしたっ」  時間的に、マサトがバイトをあがる時間。何かあったのか、と声を荒げると、電話越しに圭太が『ヒッ!』と息をのんだ音が聞こえる。 『す、すみませんっ、チ、チビが、つ、連れ去られましたっ』 「んだとっ!」 『で、あ、あの、今、後を追いかけてるんですけど』 「どこに向かってるっ」 『あ~、藤崎~?』  いきなり圭太の声ではなく、まさかの沢田ののんきな声が聞こえて来た。 「なんで、お前が」 『う~ん、たまたま? 飯食いに来たとこで、圭太みかけたから、おちょくってた』  電話の先で、圭太が『助けて~』と言ってる声が聞こえる。 『でぇ、マサトちん、男に担がれて連れてかれてたから、今、後、追ってる』 「すまねぇ」 『ちなみにぃ、男女の二人組~。でも、女のほうが随分若いんだよねぇ。マサトちん、男女関係のもつれ?そうは見えないんだけど~』  帰りに駅に向かう時の会話などに、女の影など見えたこともなかっただけに、その可能性に胸がツキリと痛む。 『でも、男の方が、女の言うこと聞いてるっぽくってぇ~、みゆちゃん、みゆちゃんって、だらしねぇの』 「……みゆ?」  先ほど、散々聞かされた娘の名前と同じなことに、すぐに気づき、顔が怒りで歪んでいく。 「……だから、俺らを巻き込むなって言うんだよっ」  ガツンッと壁に拳を叩きつける。  沢田たちにはすぐに追いかけると伝えて、とりあえず一旦通話を切る。怒りに任せて、部屋のドアを開けてしまう。 「きゃっ!?」 「な、なんだっ」 「おい、お前んとこの娘、みゆって言ったよな。今、どこにいる」  元妻に詰め寄る俺に、元妻の顔色が変わる。池中組長と俺の顔をオロオロしながら見比べる。 「藤崎、どうしたっていうんだ」 「池中さん、あんたには悪いが、今はこいつと話してる」 「藤崎っ」 「え、えと、みゆなら、家にいるはずよ。この時間なら、もう寝てるかもしれないけど」 「家に電話してみろ」 「えっ……」 「早くしろっ」  俺の剣幕に、元妻は慌てて自分の携帯をとりに部屋を出ていき、すぐに電話をかけながら戻ってくる。その顔色は真っ白。 「出ない……出ないわ。家にも携帯にも出ない……みゆ……どうしたっていうの……」 「……くそ。池中さん、悪いが、帰らせてもらう」 「どういうことだ、藤崎」 「……みゆって娘に聞くことだな」 「藤崎っ」  そのまま店を飛び出し、再び、圭太に電話をかけ、目的地を聞く。この店から、そう離れていないライブハウスに連れ込まれたらしい。そこも池中組と関係があるのだろうか。そう思うと、昔世話になったとはいえ、先代の顔が頭に浮かび、忌々しく思ってしまう。 「マサト……なんだって、俺がいない時ばかりに、トラブルに巻き込まれるかな……」  苦々しく言いながら、俺はネオンの灯りの中、酔っ払いたちの間を駆け抜ける。ただひたすら、マサトの無事を祈りつつ、ライブハウスへと向かった。

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