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第64話 俺と母親の幸せの形(4)
アパートに向かう間、ほとんど無言の車内。なんとなく居心地が悪いなぁ、なんて思ってたタイミングで、俺のバッグの中からマナーモードにしてあった携帯の振動音が聞こえてきた。
「電話、でなくていいのか」
こんな時間に誰からだ? と思いながら、電話にでようか迷ってた俺に、若旦那のほうから聞いてきた。
「あ、はい……じゃ、す、すみません」
手にした携帯に表示されている名前を見ると、みわ子からだ。そういえば、拉致られた後、まったく連絡も入れてなかったことを思い出す。俺は慌てて、電話に出た。
「は、はいっ」
『政人、今、どこっ』
みわ子の悲鳴のような焦った声が聞こえてきた。たまたま目が覚めたのかもしれない。
いつもなら俺も帰宅して、寝てすらいる時間。それなのに帰宅した様子がなかったのに気付いて電話してきたのかもしれない。
俺だって二十歳を過ぎた大人なんだけど、借金取りに脅され続けてたみわ子にしてみれば、もしかして、という恐怖はいまだに残ってる。だからこそ、マメに連絡をいれてはいたのに。今回ばかりは俺の失敗だ。
「ごめん、連絡し忘れてた。今、そのぉ……」
つい、チラリと隣に座る若頭の顔色を伺ってしまう。
「し、知り合いの人の車で送ってもらってるから」
『そ、そうなの? 本当に?』
「ほ、本当、本当。あ、もうすぐ着くから」
『わかった。迎えに行く』
「うぇっ!? いいよっ……あ、ああ、切っちゃった」
まさかの、みわ子迎えに行く発言……若頭見たら、ビビっちゃうか……と思ったけど、若頭単体なら、ヤクザだとは思わないか? スキンヘッドたちだったらアウトだな。
「なんか、随分と騒がしかったな」
「あ、ああ、母がちょっと……心配性でして……」
苦笑いしながらそう答えると、若頭が気の毒そうな顔をする。
「お前もいい大人だろうに」
「はぁ……うち、母子家庭で……ちょっと、色々ありまして……」
そんな俺たちを助けてくれたのは、若頭の父親なんですけどね。それは口にしないけど。
みわ子に伝えた通り、大通りの角を曲がった細い通りの突き当りに、俺たちのアパートが見えてきた。と同時に、パジャマに大き目なグレーのパーカーを羽織ったみわ子の小さな姿が見えてきた。心配そうな顔でウロウロしているのが、街灯に照らされてるせいで、よく見える。
「うわ、マジでヤバイ」
つい、ポソッと呟いた声に、若頭がニヤニヤ笑う。
「しっかり怒られろ。俺が見届けてやる」
夜中に怒鳴り散らすことはないとは思うけど、怒られるのは目に見えてる。でも、そもそも、この車見ただけで、みわ子、ビビりそうなんだけど。
車がみわ子の目の前に停まった。俺は溜息をつきながら後部座席のドアを開けた。 案の定、みわ子は目をまんまるにして固まって立ってる。
「えーと、ただいま」
「……」
みわ子、声もない。
若頭が反対側のドアから降りて、俺の隣へと歩いてくる。うん、デカいよね。みわ子、ポカーンとした顔で見上げてる。
「すみませんね。マサトくん、遅くまで連れまわしちゃって……」
「へっ」
みわ子、変な声で返事するな。口、口開いたまま。閉じろ、みっともないから。
恥ずかしいなぁ、と思いながら、若頭のほうへとチラリと目を向けると、なぜか若頭のほうもみわ子のことを見ながら目を見開いてる……あれ、なんで?
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