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第68話 俺と母親の幸せの形(8)

 ぱぁーっと音がしそうなくらいご機嫌な表情に変わる若頭。うん、たぶん、女性が見たら『かわいい』って言うのかもしれない。俺は顔どころか、腰も引けてるけどな。 「そうか、そうか! 政人くん、情報ありがとう!」  若頭は超ご機嫌にそう言ったかと思うと、急に立ち上がる。 「坊ちゃん?」 「帰るぞっ!」 「へーい」  俺は余計なことを言ってしまったのではないか、と思いながら、三人の背中を見送ると、大きく溜息をつく。今回はさすがに、お宅の息子さんが、と武原さんに言うのも憚られる。  みわ子……頑張れ。心の中でそう呟く俺。 「ごちそうさん」  食べ終えたおっさんが、珍しくそう言うと、大型犬とともに店を出ていく。 「あ、ありがとうございました~」  慌てて声をかけながら、食器の載ったトレーに手を伸ばす。そこには少し癖のある文字が書かれたペーパーナプキンが残ってた。 『迎えに来るまで、店から出るな』  その言葉に、さっきまでの、どこか和やかな空気が一変、スッと背中に寒気が走る。まだ何かあるんだろうか。予想がつかないからこそ、不安になる。  無意識に眉間に皺を寄せながら、トレーを持って厨房のほうに戻る。 「やっと帰ったかぁ」  そう声をあげたのは和田くん。どんだけ、おっさんたちが苦手なんだよ。自分は全然接客しないくせに。まぁ、俺はもう慣れたけど。 「マサくんもお疲れ様。ほら、眉間に皺よってるぞ」  そう言って指先を眉間に伸ばしてくるから、慌てて顔を背ける。 「だ、大丈夫だよっ」  そそくさと洗い場に持っていくと、店長も青い顔して食器を受け取るし。 「高橋くんは、度胸あるなぁ」 「いや、そこは店長が出るとこじゃないんですか」 「あははは、高橋くん、あの人たちに気に入られてるみたいだし」  そうじゃなくて!  思わず突っ込みそうになるところに、新しいお客さんが入って来たようだ。和田くんのどこか吞気な「いらっしゃいませ~」の声に、つられて、俺たちも「いらっしゃいませ~」と声を出す。一気にいつも通りの店の空気に戻った。  それから小一時間ほどは、おっさんたちのいた閑散としていた時間を取り戻すかごとく、お客さんの波が止まらなかった。まだ後片付けをしている店長たちを残して、俺は店を出る。 「お先に失礼しまーす」 「お疲れ~」 「お疲れさん」  店長たちの声を聞きながら従業員出入り口を出ると、案の定、おっさんが煙草を吸いながら待っていた。ガッチリした体格に煙草の煙をくゆらせてる姿を見ると、自分とは対極にあるおっさんに、クソッ、やっぱカッケェな、ってつくづく思う。 「お、お疲れ様です」 「おう」  ニヤリと笑う顔は、いつもより優しそうで、なんでか胸がキュンとなった。  ……なんでだ?  首を傾げたくなった俺をよそに、おっさんは煙草をおしゃれな黒っぽい革製の携帯灰皿に押し込むと、無言でさっさと歩き出した。

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