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第69話 俺と母親の幸せの形(9)

 いつものように駅に向かっているおっさんの後ろをついていく。スタスタと歩くペースに、俺も若干、早歩きになる。  おっさんの広い背中を見ると、変に安心するというか、きっと、親父の背中っていうのは、こういうんじゃないか、とか思ったり。あ、でも、おっさんはおっさんでも、さすがに俺の親父っていうには、ちょっと若いか。そこで、みわ子とおっさんが並ぶ姿を想像しちゃって、なぜか、ズキリと胸が痛くなった。無意識に胸に手を当て、足が止まってしまう。 「どうした」  気が付くとおっさんが目の前に立って、俺の顔を覗き込んでいた。 「あ、いえ、なんでもないです」  その近さにワタワタする俺を、おっさんは面白そうな顔をしながら、俺の頭をポンポンっと軽くたたく。おっさんの煙草の残り香とウッディな香水の匂いに、ドキリとする。  みわ子とおっさんがくっつくとか、お互いに会ったことないから、ありえないんだけど、でも、想像してしまうと、すごくありえそうに思える。若頭なんかよりも、ずっと現実的に。おっさんがいくつかなんて知らないけど、若頭よりは年上そうだし、みわ子は童顔だし、並んでも違和感なんかないはずだ。  思わず、ジッとおっさんの顔を見つめる俺に、おっさんのほうが先に目を逸らす。 「……今日は、車で送ってく」 「えっ」  ボソッとおっさんがそう言うと、さっさと歩き出した。慌ててその後を無言で追いかける俺。  理由を聞く間もなく、駅に向かう道の途中を右折する俺たち。少し奥まったところにあるパーキングに、おっさんの車が置いてあった。さすがにいい車に乗ってる。街灯に照らされて、黒光りする車におっさんの姿は似合いすぎる。 「ほら、乗れ」  運転席のドアの前に立ち、顎で指図するのも、様になってる。  ……やべぇな、俺。いちいち、おっさんのこと、カッケェって思ってる。いや、なんていうか、男っぽさに惚れるというか……いや、変な意味じゃないはずだっ! 「おい、政人」 「は、はいっ」  自分の中で葛藤してた俺に、おっさんが声をかけてきた。思わず、声が裏返ってしまう。くっ、は、恥ずかしい。  素直に車の助手席に乗り込んだはいいものの、シートベルトをうまく留められない。急がなきゃって思って、余計に焦って上手くいかない。すると、運転席に座ったおっさんが、無言で身を乗り出し、カチッと嵌めてくれた。  子供じゃないだろっ、と、内心自分に突っ込みつつも、小さな声で「ありがとうございます」と言うと、おっさんはチラリと俺の顔に目を向けると、今までに見たことがないくらい優しい顔をした。 「っ!?」  変な声をあげそうになったのを、無理矢理飲み込む。そんな自分が恥ずかしすぎて、顔を背け、窓の外へと目を向けてしまった。  ヤバイ、ヤバイ、ヤバイよ、俺。胸がドキドキしちゃってる。絶対、顔だけじゃなく、身体中が照れ臭さなのか恥ずかしさのせいなのか、真っ赤になってるぞ。こんな風に反応しちゃってる自分の今の状態がよくわからなくて、混乱中。  だけど、人間、恥ずかしさで死ねるなら、今の俺は即死だと思う。  そんな俺のことに気付いているのか、いないのか、おっさんはやっぱり何も言わずに、車のエンジンをかけた。

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