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第71話 俺と母親の幸せの形(11)

 暗いアパートの部屋。玄関のドアを静かに閉めようとしたところに、背後で居間の電気が灯った。みわ子がパジャマにカーディガンを羽織って現れた。ちょうど寝るところだったのかもしれない。 「あら、今日は早かったのね」  確かに、いつもは電車の時間もあるせいで、もう少し遅くに帰宅しているし、みわ子だって寝てることがほとんどだ。  食器棚からグラスを取り出したみわ子が、台所の蛇口をひねる。静かな部屋の中に、コポコポと水の音が響く。 「車で送ってもらった」 「あらっ、もしかして、昨日の人?」  キュッと蛇口を締めると同時に、目をキラキラ輝かしながら、俺のほうに目を向けるみわ子。  ……若頭が武原さんの息子って知ったら、どう思うんだろう、とチラッと頭をよぎる。全然二人は似ていないから、想像もしていないに違いない。 「違うよ、別の人」 「あら残念」  少し残念そうな顔をして、グラスの水を一気に飲み干すと、みわ子は自分の部屋に戻ろうとした。 「あのさ」 「ん~?」  その背中に声をかけると、みわ子は振り返る。いつも若く見られることが多いけど、寝る前だから当然化粧は落としている様子は、今日は少し疲れて見えて、年相応に見える。 「みわ子は再婚とかしないの?」 「何よ、突然」  若頭が一人で盛り上がってた姿を思い出して、つい聞いてしまった。みわ子は大きく目を見開いて俺を見る。   「いや、ほら、昨日の人のこととか、気にしてるみたいだし」 「嫌ねぇ。そりゃ、あんだけイケメンだったら、普通に気になるでしょ」 「それだけ?」 「それだけよぉ、ほら、アイドル的な?」 「本当に?」  俺がしつこく聞くと、みわ子は腕組みしながら苦笑いする。 「もう、政人ったら。こんなおばさんを誰が相手してくれるっていうのよ」 「でもさぁ……」  言うほど、おばさんじゃないって、息子の俺は思う。とりあえず、脂ぎったオッサンと若頭は、みわ子のこと気に入ってたわけだし。 「なぁにぃ? それとも、あんたが誰か紹介でもしれくれるっての?」 「えっ、いや、そういう訳じゃないけど」 「もう今更、結婚とか、いいわよ。あとは、あんたが幸せになってくれれば、十分よ。それより、早いとこ、お風呂に入って寝なさいよ」 「あ、うん」  みわ子はそう言うと、大きく欠伸をして部屋のほうへと戻っていく。  玄関先で立ち尽くしてた俺は、店での嬉しそうな顔の若頭を思い出す。あのイケメンヤクザがみわ子と結婚したりしたら、俺の義理の親父になるわけで……。 「……ないわぁ」  思わず声にしてしまった。そもそも、親父とか思えないだろ。年、近すぎるし。  それと同時に、おっさんの姿を思い浮かべる。おっさんとみわ子。二人は会ったことすらないのに、それが妙にお似合いに見える。俺とおっさんが並んでも、ただの大人と子供にしか思えない。む、むしろ、親子にすら見えるかも?  俺は一人勝手に想像して、ズンッと落ち込んでしまう。  そもそも、俺の片思いだ。叶うはずもない。 「馬鹿だよなぁ……」  吐き出すように呟いた俺は、重い足取りで自分の部屋へと向かうのだった。

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