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第72話 閑話:お嬢と不愉快な仲間たちの末路(1)
※お嬢の場合
みゆはご機嫌だった。
邪魔者の政人は、きっと二度と『藤崎のおじさん』の前になんて出てこれないはずだ。みゆ自身だったら、無理だと思ったから。去り際に見た政人の情けない顔を思い出して、ニヤリと唇に嗤いが浮かぶ。
だから、ライブハウスのマスターとバンドのメンバー達と、カラオケで思い切りはっちゃけた。心配事がなくなった分、いつも以上にハイテンションだった。おかげで、少しばかり、声が枯れてしまった。
ずっと母親が言ってた『藤崎のおじさん』が、自分の父親になる。母親についていったお見合いで初めて会った藤崎の姿を思いだす。暴力ばかりでくたびれた父親より、カッコよくて若い義父だったら、自慢したくなる、そう思った。
邪魔者がいなくなって、ようやく母親が幸せになれる。そう思った。
マスターたちに車で自宅のマンションの前まで送ってもらい、玄関を静かに開ける。誰もいないと思ってた部屋の奥から、パタパタと慌てたような足音をたてて母親が出迎えに出てきた。いつもなら朝まで帰ってこないから、気軽に夜遊びをしていただけに、母親の出迎えに驚くみゆ。その上、いつも身綺麗にしている母親が、クラブで来ている着物を着替えもせずに、髪を振り乱している姿に唖然とする。
「みゆっ!」
「ママっ!?」
ずっといい子を装っていただけに、夜遊びを知られたことで母親に叱られる、と肩をすくめて身構えると、母親は腕を振り上げ、みゆの頬を勢いよく叩いた。
「っ!?」
「どこに行ってたのよっ!? 家に電話しても出ないし、携帯もつながらないしっ!」
今まで母親からぶたれたことがなかっただけに、一瞬、頭が真っ白になる。
「ご、ごめん……なさ……い」
「みゆ、あんた、何しでかしたのよっ」
「えっ?」
鬼のような形相の母親の言葉に、余計に混乱する。ここまで怒らせたことがなかった。自分が何をやらかしたのか、想像がつかない。
「藤崎に、何したのっ!」
甲高い母親の言葉に、すぐに政人のことを連想し、顔が強張るり、素直に言葉が出てこない。
「あいつ怒らせたら、まずいのよっ」
「な、なんで」
「んもうっ! あいつに弱み握られたのよっ。まずい、まずいのよっ、あんたっ、いったい何したのよっ」
「な、何もしてないっ」
「何もしてなくて、あいつがあんたに聞けなんて言う訳ないでしょうっ!」
母親が綺麗に整えてあった爪を噛みながら、廊下をうろうろ歩き出す。
まさか、藤崎のおじさんにバレた?なんで?どうやって?
「マ、ママ?」
おどおどしながら声をかけると、ギンッ、と眦を釣り上げて母親が睨む。
「せっかく、組長といい感じになってきてたのにっ」
「く、組長? ふ、藤崎のおじさんは?」
「はっ!? あいつが私なんか相手にするわけないでしょうがっ」
「だ、だって、ママ、綺麗じゃんっ」
みゆにとって母親は、同級生の母親たちに比べると、ダントツに綺麗で自慢だった。
「あ、あいつが私を許すわけないのよっ、こっちが騙したようなもんなんだからっ」
「えっ」
母親の吐き出すような言葉に、みゆは困惑する。
だって、いつも父親に殴られた後、散々、藤崎のおじさんのほうがずっとよかったって、こぼしてたのに。藤崎のおじさんと別れなきゃよかったって言ってたのに。
なんで、今、組長がどうとか言うのだろう。
藤崎のおじさんと再婚するんじゃないの?
「どうしよう、どうしよう……」
「ママ……どういうこと……?」
みゆは呆然としながら、ぶつぶつ言いながら離れていく母親の背中を見つめるしかなかった。
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