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第79話 牛丼よりも愛を大盛、お願いします(3)
つらつらと考えているうちに、時間はあっという間に過ぎていく。
車がアパートの前に静かに止まる。古ぼけたアパートの方を見ると、すでにみわ子も寝てるのか、うちの部屋の灯りは消えている。
俺はしばらく動けなかった。まだ、おっさんと一緒にいたいと思ってる。この居心地のいい車から離れたくないと思ってる。
だけど。
「……着いたぞ」
おっさんの声に、俺は現実に引き戻される。
「は、はいっ。ありがとうございました」
俺はいつも通りに言ったつもりだった。
だけど、おっさんにしては珍しく、困った顔をしたかと思ったら、大きな手が俺の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「何か、あったか?」
何もない。何もないけど、俺の想いが溢れそうなんです。そう言葉にしたいけど。
「何もないですよ?」
なんとか笑顔で言えたはずだ。
だけど、おっさんは、俺の言葉に納得した様子はなく、ジッと見つめてくる。その目力に、目が逸らせない。顔に熱が集まって、心臓の鼓動が、車の中に響いてるんじゃないかってくらいに、ドキドキしてる。
「何かあるなら、ちゃんと言え」
ガッチリと頭を捕まれた上に、低く響く、おっさんの声に、一瞬、ビビる。
「ほ、本当に、何もっ」
「そんな顔で言っても、信じられない」
どんな顔してるっていうんだろう。
おっさんが、今まで聞いたことのないようなすごく心配そうな声で。
ゴツくて大きな掌が、頭からゆっくりと降りてきたと思ったら、俺の頬を撫でるんだ。
けして柔らかくなんかない、だけど、猫みたいにすり寄りたくなるような大きな掌。
ヤバイ。
ヤバイ。ヤバイッ!
……俺、死んじゃうっ!
叫びそうになるのを飲み込む。
「だ、大丈夫ですっ!あ、ありがとうございましたっ!ぐぇっ!?」
早く車から降りなきゃと、ドアを開けようとして焦り過ぎて、シートベルト外すの忘れた俺。思い切り首にひっかかった。
「ぶはっ、ははははっ」
そんな俺を見て、おっさんが珍しく大笑いした。
「ほら、慌てんな」
笑いを堪えながら、身を乗り出して俺のシートベルトを外してくれる。
恥ずかしい。
恥ずかしすぎて、死んだ。死んだよ、俺。
「政人」
「ほえっ」
おっさんが優しく俺の名前を呼んだのに、まともな返事も出来ない俺。
そんな俺の顔を見て、やっぱり優しく笑ったおっさんは。
惚けた顔の俺の唇に、重ねるだけのキスをした。
……たぶん、俺。
魂が口から抜け出て、おっさんに食べられちゃったかもしれない。
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