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HAL side 3
「…メリークリスマスだってば、ハル。」
目を開けると、店長の優しい笑顔がじっと俺を見ている。
とたんに気恥ずかしくなり、目線を下にずらしてようやく 「あ…、ハイ」 とだけつぶやいた。
外国で育った(らしい)店長にとって、キスなんて意味のない形式的なあいさつに過ぎない。
でも、俺にとっては――
「プレゼント開ける?」
「…プレゼント?」
店長は下を向いてかがんだ。あ、寝グセ。店長も寝起きなんだ。
きっと店長も、あのままあそこのベッドで寝たんだな。昨日は俺だけじゃなくて店長もたくさんワインを飲んでいた。(だってヒミズさんの料理がおいしすぎて、それがいちいちワインに合うのだ。)
「落ちてたよ。」
店長はまたこっちを向いて、俺の膝に緑色のリボンのかかった白っぽい箱を置いてくれた。
あ、
さっきの『ガサン』って音は、これだったんだ。
「そんな、俺は何も用意してないんですけど…」
やばい。クリスマスにはプレゼントがつきものじゃないか。
「いいんだよハルは。これはヒミズからだよ。アンドーからのもあるよ、そこに…」
店長は喋りながら腕を伸ばし、同時に俺のすぐ近くまで寄って来たので、一瞬、俺のほおに店長の柔らかい髪の毛と冷たい耳が触れた。
とたんに心臓が跳ねあがる。
店長は俺の後ろの、ソファの背もたれのほうを探っているみたいだ。「あり?どこ?」ひょい、と店長に抱き寄せられる。白っぽい箱のせいで、店長の赤い肩に中途半端に顔がうもれる。
(ふ、)
思わず声が漏れそうになる。胸が密着しなくて良かった。心臓がバクハツしそうなほどに早くなってるから。
「あーあった。」
店長は目的のものを見つけたようで、ようやく俺から離れた。
「ははっ。春川、つぶしちゃってるよ、箱。」
見ると、プレゼントらしきそれはピンク色の包装紙が破れかかり、長く平べったい箱のかさはますます薄くなっていた。あわわ。中のものは無事なのか。
「じゃあアンドーのコレから開けようか。中のひとを早く自由にしてやらないと。」
店長は箱の中に誰かがいるみたいな言い方をした。
「ぼくが開けてもイイ?」
店長はいいながら、俺の隣に座った。ソファが軽くきしむ。
昔はこのギシギシいう音が大嫌いだったけど、今はずいぶん平気になった。
「なにかな?絶対教えてくれなかったからなーアンドー。」
(あ、知らないんだ。)
『中のひと』なんて言うからてっきり知ってるのかと思った。店長は自分の車(ジープ)のことも『あのこ』なんて呼ぶ。
店長がピンク色をしたキレイな包装紙を子どものようにバリバリと破く。
ひしゃげてしまった紙の箱も躊躇せずに破くので、中のひとが心配になる。
(中のひと、大丈夫か?)
「お、わ、なんだこれ、チェーン?あ違うペンダントか。」
中のひとは、銀色のチェーンのペンダントだった。同じく銀色の、玉子形をした小さな飾りがついている。
「ロケットが付いてる。ハル知ってる?この中に大事なひとの写真とかを入れとくんだよ。」
「ロケット。」
聞きなれないので、ついバカみたいに繰り返してしまう。
「ほらこうして蓋を開けて…あ、写真もう入ってんじゃん。」
店長と一緒にのぞいてみる。
え。
「…ヒミズ…さん?」
なんで。
なんでヒミズさん!?
「良かったねえハル!これはいいよ!お守りだ!」
「え、いやアノ…」
なんでヒミズさんなんだアンドーさん!?
店長はさっさと蓋を閉めて、さっそく俺の頭に向かってペンダントを広げる。そのまま落とされ、店長はさらに飾り部分をすばやく俺の首回りから下に落とした。
「冷たっ!」
俺が慌てると、店長がケラケラといたずらっぽく笑いながら、胸にさらに手を押し当ててくる。わざとだ。
ふうわ~つめたい。肌がぞわぞわする。
(しかもヒミズさんの写真入りとなると、そこから余計に冷気が発散されているような気さえしてくる!)
「いやー、いいもの渡すなーアンドー。いつかヒミズが知ったらひそかに喜ぶぞ…ふっふっふ」
ああそうか。店長もアンドーさんも、ヒミズさんが俺を好きなんだと未だに思ってるんだ。
違うのに。むしろ嫌われているのに!(だって俺を見るときの、あの目!殺人鬼みたいなんだもん!)
「じゃあ次、ヒミズのね?」
店長のテンションはすっかり上がってしまっている。
「あ、はずしちゃだめだよ、ペンダント。」
店長は思い出したように、一瞬だけ真面目な顔になってまた俺の胸を押した。
もう冷たくはない。
「早く、開けて開けて。」
店長が俺の手元をのぞきこむ。俺の肩に手を置いて、顔をぴったりくっつけてくる。
なんだか切なくなった。
店長は、平気なのかな。ヒミズさんが俺を好きでも。
むしろそれが嬉しいみたいだ。
俺とヒミズさんがくっつけばいいと思ってる。
店長に急かされるまま、リボンを取って、包装紙のテープを剥がす。
白い箱。
開けると、緩衝材がわりに入れられた、細かく裂かれた紙くず。その奥に、さらに、黒い箱。
「ふふふふ。」
店長は物知り顔な含み笑いをした。
きっと、今度こそ中身を知っている。
黒い箱を開くと、腕時計が出てきた。
外周は明るいシルバーで、文字盤は暗めのレッド。針と目盛りは、やっぱり明るい銀色をしているが、細い秒針はゴールドだ。ベルトは少しくすんだシルバーで、バックルで止めるタイプのやつ。高そう。
「すごいかっこいいでしょ。」
やっぱり知ってる。店長がわざわざセレクトしてくれたのかもしれない。
時計は、今しているものがもうあるのに。今年の誕生日に、ヒミズさんにもらったコレが。
「…また、時計?」
すごく失礼なことを言った。
だって、鮮明に浮かんだんだ。
店長が、ヒミズさんと俺との仲を取り持つために、ヒミズさんにこの時計を提案している姿が。
ヒミズさんも店長に付き合わされるのが仕事とはいえ、断ればいいのに、こんなこと。少し困惑しながらも、しぶしぶ提案を受け入れるヒミズさんの姿まで見えた気がした。
「うれしくないの?」
店長が、意外、という声を出す。
うれしくないわけ、ない。
だけど、俺は知ってるから。
店長がヒミズさんのことを一番大事に思っていることを。
だから、店長は、ヒミズさんを誰よりも幸せにしたい。
店長にとって、ヒミズさんの幸せとは、俺が、ヒミズさんを好きになること。
…じゃあ、俺の気持ちは?
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