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HAL side 4
「今日からはこっちをつけてねって。ヒミズが。今年あげた時計には欠陥があるんだって。」
店長はやっぱり嬉しそうに、今つけている時計の革のベルトを俺の手首から外し、今度は箱の中のほうの時計を俺の手首につけた。
今までつけていたものより少し重い気がする。
「おー、サイズもピッタリ…え?…ハル……泣いてるの!?」
…だって。こんなの、せつなすぎるから。
店長が顔を覗き込もうとするので、顔をそらした。
…ああ。だめだ、止まらない。
ひとりにしてほしい。
店長が俺の手を強く握ったまま、今度はソファを降りてまた覗き込んでくる。
「うれしくて!?うれしくて泣いてんだよね!?」
…店長の、ばか。
店長は早口で何か言って、「よし」 と言って立ち上がり、俺の体を引っ張り上げた。抵抗も出来ないまま店長の胸に顔を押し付けられる。
…せっけんみたいな、店長のいいにおい。
店長は、俺の頭を優しくゆっくり撫でた。
…なぜだろう。
前にもどこかで、店長に同じようなことをされた気がする。それも、何度も。
不思議と、さっきまで張り裂けそうなくらい痛かった俺の心のどこかが、店長の温かい手の温もりにゆっくりとほだされていく。
卑怯だ。…でも、うれしい。
…ばかなのは、俺だ。
店長の手の中でくるくると感情を操作されてしまう、俺のほうだ。
――……くやしい。
「…ぼくのプレゼントは、どこでしょう。」
店長の体がかがむのがわかったので、上を見上げると、店長が優しく俺を見下ろしながら近づいてきた。
頭を抱えられ、キスをされる。嗚咽が止まらず、俺はキスを受けながら2、3度しゃくりあげた。店長が軽く笑うと、俺の体も揺れた。
―― ぼくのプレゼントは、どこでしょう。
「… もしかして、この、キスですか。」
すねた子どもみたいな口調になった。
「ちがうよ。キスは、ハルが可愛かったから、したくてしたの。」
店長は、すっかりふてくされてしまった俺の様子に気がつかないのか?
俺の肩を持って、体をぐいっと90度回転させた。
「ぼくのプレゼントはあのなかです。」
ソファのすぐ横にある、大きなクリスマスツリー。
止めきれなかったしゃっくりが口から飛び出して、店長がまた小さく笑うのでますます腹がたつ。
肩に置かれた店長の手を振り払うようにツリーに向かった。
なんだよ。俺の気持ちも知ってるくせに。
おもしろがってるんだ、このひとは。
…残酷すぎる。
“あの人”よりたちが悪いかもしれない。
ああまた涙が止まらなくなってきた。もういいよ。勝手に泣け。店長だって喜ぶさ。
ツリーの飾りを乱暴に触ったり枝をガサガサしたりしていると、
「ちがうよ、もっと下。下からのぞいてみて。」
後ろから明るく声を掛けられる。
ばか!泣いてるんだ、こっちは!
もうプレゼントなんかどうでもいい。早く帰りたい。
かがんでツリーの鉢植えをのぞきこむが、何もない。
…何も無いんじゃないの?最初から。
―― ツリーの下でキスを求められたら、拒んじゃいけないのよ。
アンドーさんが言ってた。
ツリーの下に誘い込みたかっただけで、店長は、また俺をからかおうとしているんじゃないのか?
―― ツリーの下じゃない、ヤドリギの下だ。
今度はヒミズさんがアンドーさんを諌める声。そう、間違ってるんだ、店長。
…俺は、店長の思い通りに操られるおもちゃじゃない。
「まだ見つかんない?ちゃんと見た?」
「うっ」
店長の体がのしかかってきて、ツリーの下にゆっくりと倒される。(ホラ来た!)
「…やめて、くださいっ!」
店長の腕から逃れようとしたが、まんまとツリーの下に伸ばされた。
そのままごろん、と、店長の体の上に腹ばいのまま乗せられる。
店長は俺の顔を挟んで上に向けた。泣いている顔を確認したいのだ。
(もう!やめろよ!)
「顔、ぐしゃぐしゃだよ、どうしたの?何が悲しいの?」
うるさいうるさい!
あんたのせいなんだよ!
起き上がろうとしたが、店長は顔から手を離してくれない。どころか、店長は俺と目を合わそうと、俺の顔をさらに自分に近づけようとする。…笑顔で。
(……うぅうーっ!)
「…きらいだっ!」
「え?」
「店長なんか!どうせ俺とは遊びのくせに!キスなんかに意味ないくせに!ヒミズさんのことしか、考えてないくせに!」
せきを切ったように俺の口からは店長に対する不満が次々と吹き出して、止まらなくなった。
「ハル。」
…言ってしまった。言ったって、どうしようもないことを。
店長がじっと俺を見ている。
その目を見ていて、…だんだん、自分が、マズいことを言ってしまったことに、気づく。
(俺だけを見ていて欲しいのに!)
うーわ、ばか!裏を返せばそういう意味だ。いったい、何さまのつもりなんだ、俺は!
(店長すみません!)
「…てんちょお…」
…最悪。また涙が溢れだしてきた。
今度は自分の至らなさに対して。自分が情けなくて仕方ない。
自己嫌悪の極致。
甘えるのもたいがいにしろよ!
謝りたいが、のどがつぶれて声すらうまく出せない。
(子どもか?きみは。)
店長にしかってほしい。でも、いつだって店長は、笑っている…今だって。
「…ふええ」
泣くか普通!
でも止められないんだ!
だって、店長が笑ってんだもん!
「ゴメン。意地悪だったね。」
店長は俺の顔を解放し、さらに肩に押し付けて、後ろ頭を優しく叩いてくれた。
…なんでそんなに、優しくしてくれるんだ、このひとは。
「プレゼントは、きみのすぐ後ろ。」
「え…」
嗚咽しながら、体をねじるようにして上を見ると、『テッド』がいた。
ちょっと前に店長の家で見た映画の、下ネタ大好きな不良テディベア。
店長は映画を見てソファから落ちそうになるくらい大爆笑していたが、ヒミズさんは静かに眉をひそめ、いつの間にか部屋からいなくなっていた。
そいつのレプリカが、今、ツリーの枝と枝の間にぎゅうぎゅうに挟まって、かなり苦しそうに俺を見下ろしている。
―― なんだ?あれ。
…と、店長が吹き出した。
「はははっ、ひどいな!ゆうべ、酔っ払って無理矢理突っ込んだもんだから。」
店長が笑うと体がくすぐったくなった。
「…ハルにキスしてやろうと思って。ツリーの下で。」
「…。」
…やっぱり。
「テッド、助けてあげてくれる?」
「…はい。」
―― ツリーの下じゃない、ヤドリギの下だ。
ヒミズさんの訂正を店長は聞いてなかったんだろう。
普通こんなとこで、こんな体勢になってキスなんてするわけない。
でも、酔った店長が俺をここに誘おうと思ってくれたんだ。
…いいじゃないか、それで。
片手を伸ばして、足や体を引っ張りながら、テッドを救出する。
ひどいことされたね、テッド。彼の悪態が聞こえてきそうだ。
ふと、このテッドをツリーのなかにぎゅうぎゅうに押し込もうとしているサンタの格好をした店長の姿が目に浮かぶと、俺はやっと笑えそうになった。
(あとちょっと…)
「ハルのこと、遊びだなんて思ってないよ。」
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