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HAL side 5
「 え 」
ぼこん、とテッドが俺の上に落ちてきた。
「ハルもヒミズも、ぼくにとってすごく大事なひとだ。」
………。
ずるい。
店長はいつだって、とても大切なことを俺が油断した隙を突いて話し始める。
「でも、だめなんだよね。どちらも傷ついてるのは知ってるよ。ぼくは、ろくでもない。なのに、改善する気もないんだ。ごめんね…ハル。」
店長は俺を、後ろから、テッドごと優しくまた抱きしめてくれた。
「…そんな……」
そんなこと言ってもらえるだけで、今の俺は幸せだ。
―― これ以上が欲しいと思うなんて。
さっきの俺はどうかしていた。本当はペンダントだって時計だって、素直に喜びたかったのに。
考えるとまた泣き出しそうになってきた。
そこで、今度は必死にヒミズさんの顔を思い出してみた。
(そ、そうだ。)
話をそらすために、ヒミズさんの言ったことを真似て、店長を諌めてみることにする。
「…言っときますけど店長、…キスできるのは、ツリーの下じゃなくて、ヤドリギの下なんだから、…うお」
ぎゅうう、っと、店長が急に腕の力を強めたので、驚いて変な声が出た。
「ひ、ヒミズ! !! !!!」
えっ!
うわっ!
ツリーに隠れてわからなかったけど、ヒミズさんがいつの間にかソファのすぐ後ろに立っている!
「…泣いてるんですか?…春川。」
(…こっ…殺し屋…!!)
「ヒミズ、ちがうの、プレゼントを取ろうとしてて…なっ、泣いてないよなあ?ハル!」
店長は俺を抱え起こしながらしどろもどろで言う。
店長がここまで怯えるとは!なにをしでかしたんだ俺たちは!?
「…もう全部わかるんですよ…?」
ひー!なんか知らないけど朝からなんでこんなに不機嫌なんだこのひとはー!
―― ばたん !!
「ちょっとアンタたち雪よーう!!!」
「ぎゃーあー!」
今度はガウンだけ羽織ったでかい赤い全裸の男が入ってきたー!
と思ったらアンドーさんだー!
なんで全裸なんだー!
変態だー!
「…前をしめろアンドー。」
ヒミズさんが舌打ちする。
こーえー!
何もかも怖いこの状況!
「雪雪!窓!ホラ、春川ちゃん!」
「あうわわ!」
アンドーさんに店長の腕から引っ張りはがされる。そのまま乱暴に、文字どおり“小脇に挟まれる”ようにして軽々と運ばれる。
「ぐ、ぐえ…」
男らし過ぎるだろ行動が!
俺に足を持たれたテッドが頭を床に打ちつけながら引きずられている。下がり眉げが困ったふうに俺を見る。
アンドーさんは部屋を飛び出し、廊下を走って、俺とテッドをリビングへと一直線に運ぶ。
廊下を曲がると、リビングのほうがいやに明るい。
「ホラ春川ちゃん、雪!」
―― ほんとだ!
リビングの全面ガラス張りの大きな窓からは、白い中庭が見えていた。
「うわあ…」
地面はうっすらと白い雪をまとっている。
中庭の3本の白い木も、朝の光を浴びてキラキラと光り輝いている。
凍てついた空気のなか、白い地面に静かにたたずむその姿には、なんだか神々しさすら感じられた。
「ホワイトクリスマスよ。ねっ?素敵じゃない!あとで雪だるま作りましょうか、春川ちゃん。」
「…ふふっ。このくらいの雪じゃ無理ですよ。すぐに溶けちゃう。」
空には、突き抜けるようなきれいな青が、どこまでもつづいていた。
「現実的で面白味ないわねえ。そゆとこ、ヒミズに似てきたんじゃない?」
あ、そうだ。
「プレゼント、ありがとうございます。」
顔だけ動かしてアンドーさんを見上げる。
「え?アンタ、ひとりでもう開けちゃったの?…ま、いいわ。あのロケットねえ、アンタの大事なひとの写真をもう入れてあるけど、なかは絶対見ちゃだめよ。とにかく強力なお守りとだけ言っとくわ。うふふ。」
……もう、見ちゃったんだけど。
だまっとこう。
「それ、サイキからのプレゼント?」
「あ、ハイ。」
「くまのぬいぐるみって…。女の子じゃないんだから。」
確かにそうだ。でも、このぬいぐるみには、実は、ある仕掛けがあることに俺は気づいていた。
「さー、ツリーに戻りましょう。アタシもプレゼント見たい!ツリーの下に置かれてるハズだわ。」
え?プレゼントなんて、さっきまでは無かったけど…
(大丈夫かな…)
「さぶう。トナカイちゃん、悪いけど湯たんぽ替わりにこのまま部屋まで戻らせて。」
アンドーさんに後ろからぴったり張り付かれ、歩きにくい。(赤いガウン一丁じゃ、そりゃ寒かろうて…)
部屋に戻ってみると、ツリーの下にはいつの間にかプレゼントの箱がいくつか置かれてあった。
アンドーさんが俺を“ 湯たんぽ役 ”から解放して、きゃあきゃあはしゃぎながらツリーの下に走って行く。
かわいいな、アンドーさん。
「アタシのプレゼントこれ?これ?どっちから?これはどっちから?」
「そっちのがぼくからで、それがヒミズから。」
「爆弾なんて入れてないでしょうね、ヒミズちゃん?」
「…するか。そんな火薬のもったいない使い方。」
「きゃーあー!セーター!白いセーター!あははダッサ!ダッサアー!」
「…貴様。」
「うっそー。嘘よう、超うれしい!お礼のキスさせてヒミズちゃん、キスキス」
「やめろ近寄るな…だから前をしめろアンドー!!」
(掛け合い漫才みたい。)
この二人って仲悪そうに見えて、これはこれで楽しそう。
店長が俺のそばに来る。
「……店長。」
2人にわからないよう、小声で呼びかけた。
「ん?」
「ありがとうございます。このテッド、」
俺は気づいていた。さっきまでは店長のすぐそばにいたからわからなかったけど、…このテッド、
「店長の、香りがしますよね。」
「…気づいた?」
店長はなぜか小声になり、照れ臭そうに、
「ぼくのコロンを染み込ませてあるんだ。ちょっとだけど。」
と言った。
「一緒に寝てあげてね。別にだからなんだってわけでもないけど、まあ、ようするに、…そうだな、」
店長は、さっきからツリーの前で掛け合い問答をしている2人を見る。
「みんなね、ハルを幸せにしてあげたくて仕方ないってことなんだよね。ぼくのぬいぐるみも、ヒミズの時計も、アンドーのロケットも、どれも、君の幸せを願って、考えて、用意されたものだ。」
(――……!)
―― みんなが、俺を、『幸せにしてあげたくて仕方ない』 ――って?
こんな嬉しい言葉、他にあるか。
俺のなかにまた温かいものがこみ上げてきた。
……ああ。店長が、すでに、かすんで見えない。
「メリークリスマス、ハル。来年は今年よりもっといい年にしよう、…て、また泣いてんの!?」
「あー!泣かした!サイキがまた泣かした、春川ちゃんを!…ちょっとせっかくのクリスマスが台無しじゃない!なんとかしなさいよ守護霊!」
「…守護霊とはなんだ。それに、あれは大丈夫だから、いいんだ。」
ヒミズさんはボソボソと言って、それから俺たちに向かって怒ったような声ではっきりと、
「朝ごはんの準備は整ってますから、早くリビングに来て、食べて支度してください。カフェの開店時間まであと3時間ですよ。」
と言い、くるりとドアに向かった。
「大丈夫ってどういうこと…え、何見てんの?え、私も見たい、ちょ、ね、ちょっとだけヒミズちゃん」
アンドーさんも着いて行く。なんだかんだ言って、あのふたりは仲がいい。
と、ヒミズさんはドアの手前で振り向いて、「サイキ」と店長を呼んだ。そして…
世にも恐ろしい顔をした。
「…わかるんですから、もう。」
わあ…さっき笑ったんだ、あの人。
笑顔があんなに怖いひと、初めて見た…。心なしか、胸のロケットがひんやりした気がする。
「…ハル、朝ごはん、食べに行こうか。」
気のせいか、店長の声はうわずっている。
「…そうですね。」
「…その時計、寝るときは、外してね…。」
意味はわからなかったが、そうしないと確かに怖い夢を見てしまいそうだ。
でも今日から俺にはテッドがいる。
大の大人がぬいぐるみと寝るなんておかしいけど、なにしろ店長の命令だし。それに、店長の香りのするぬいぐるみだ。きっと店長と一緒にいる、楽しい夢が見られるに違いない。
メリー・クリスマス。
俺が再出発した一年目の年の暮れ。
そこにまたひとつ、素敵な記憶が刻まれた。
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