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第9話
「ごめんね、お母さん」
そう謝ってみれば香織は優しく微笑み祐羽を見つめた。
「何を謝ってるの?ごめんねって言われる事は何にもないわよ」
温かな母の言葉に思わずウルッとしそうになった所で、階下の店舗から父の「おーい!助けてくれ、ヘルプーっ!」と叫ぶ声が聞こえてきた。
香織は「あらら、行かないと。とにかく、ゆうくんはもう帰りなさいね」と念押しするとテーブルの上の賄い弁当を手早く片付け慌てて部屋を出て行った。
少し開いたままのドアの向こう、階下からは調理する音が聞こえ、店が忙しくなったことを知らせてきた。
「本当に帰っても大丈夫かな?」
悶々としつつも祐羽は仕事用から私服に着替え、小さな鞄を手にして階段を降りた。
店舗をチラッと覗けば亮介が厨房で鍋を振るい、香織は出来上がったおかずを弁当へと詰めており、その忙しさが分かる。
やっぱり残ろうかなと思っているところへ電話が鳴り、思わず祐羽は駆け寄り受話器を取った。
「はい。いつもありがとうございます、月ヶ瀬弁当です」
ニコニコの笑顔と声で電話に出ると、相手は祐羽が小学生の頃からの常連である篁《たかむら》だった。
『祐羽くん、悪いけど出前頼めるかな?いつものホテルにいるから』
篁はヒット作を連発する有名な小説家で、執筆に行き詰まると、集中出来るという理由から締め切り前によくホテルで缶詰めになっていた。
しかしホテル食に飽きてくると、こうして弁当の出前を頼んでくる。
どうやら弁当が食べたいのも嘘ではないが、孫の様に思っている祐羽と話す事での気分転換も目的にあるらしい。
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