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第19話

支度を終え居間に戻ると、お母さんと忌々しい柊木くんが優雅に紅茶を飲んでいた。 僕は紅茶が飲めないし、こんなに筋肉痛なのに…、腹が立つ。 「柊木くん、おはよう」 「…、おはよう」 一瞬、柊木くんの表情が曇った気がしたが、爽やかな笑顔で挨拶を返してきた。 まあ、5分で支度すると言っておいて、10分もかかってしまったから内心怒ったのだろう。 と、まあ軽く考えていた。 「お母さん、ご馳走様でした」 「いえいえ、いいのよ~。奏が紅茶ダメだから、一緒にお茶できて良かったわ。また来て頂戴ね」 「ぜひ」 外面の笑顔を貼り付けた柊木を冷めた目で見る。 お母さん、こいつ、本当はもっと悪い顔で笑うからね、だまされないでね。 「…、柊木くん、早く行こう」 「うん」 「もう、待たせたのは奏なのに急かすなんて、本当にマイペースねぇ…」 うちのお母さんは、本質を見極める目が弱いらしい。 悪人は柊木くんのほうで、被害者は僕なんだけど。 玄関を出ると、柊木くんに手を掴まれた。 「ね、ねぇ、柊木くん、さすがに手を繋ぐのはちょっと…」 「昨日まであんなに秋臣って呼んでたのにね…、奏はお馬鹿だから忘れちゃったのかな?」 「あ"?」 「ほんと、ムカつく…」 「じゃあ、迎えになんて来なきゃ良いじゃん。僕になんて構わなきゃ良いのに」 「…」 ギリギリと握られた手に力が加えられる。 こいつ、握力ゴリラ並みかよ、折れるっ 「ね、ねぇ、僕、そろそろ骨折れるって」 僕を引っ張るように歩いていた柊木くんが、立ち止まる。 ようやく横に並べるようになった。 「なんで…、奏は俺のことっ」 「あっれ~!?柊木と梁瀬じゃん、おっは~」 間延びした声が聞こえて振り返ると、自転車に乗った蒲田が手を振りながらこっちにやってきた。 「あ、お、おはよ」 「…」 「なになに~、手なんか繋いじゃって~、そういう仲?」 「そそそそそういう!?」 「…、そんなんじゃないから」 さっきまで折れるほど強く握られていた手が離された。 「ひいら…、ぎ…」 驚いて柊木を見上げるが、僕をおいて、柊木くんは颯爽と歩いていった。 「…、そんなに照れなくてもいいのにな、冗談だし。な、梁瀬」 「あ、う、うん」 「変な梁瀬」 蒲田は、僕と柊木くんの様子に首を傾げていた。 去り際の柊木くんは、怒っているのに今にも泣きそうな、辛そうな顔をしていた。 きっと横に並んでいた僕しか見ていない。 その表情が脳裏に焼き付いて、僕は蒲田どころではなかった。

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