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第56話
「奏ちゃーん、こっちこっち〜」
「あ、えっ、はい」
さっきからあの客…、ずっと奏を何かにつけて呼んでいる。
ムカつく。
客とはいえ、奏も一々対応しなくていいのに。
「奏ちゃん、ほんと可愛いなぁ」
「あのっ…」
奏が手を掴まれた。
一応、抵抗はしているものの、微々たるものだ。
「かわい〜」
「いや、僕、男なのでっ」
「えー?俺、全然気にしない」
「ぼ、僕が気にするのですが…」
「梁瀬くん、入り口!お客様の案内して」
「は、はいっ!す、すみません、僕…」
「えー、終わったらまた来てね」
「は、ははは…」
忙しさのおかげで解放されたけど…、ムカつくな。
あの客、釘刺しとこうか…
「あ、あの、柊木くん?」
「すっごい怖い顔してるよ?」
「え、あっ、失礼しました。ご注文ですよね?」
「うん。えっとね…」
無意識のうちに奏に絡む客を睨んでいたらしい。
仕事に専念する、と言いつつも全然集中出来てなくて笑える。
注文を確認して、調理担当の子に伝えようと、調理室に向かう途中で、袖を掴まれた。
「何ですか?」
面倒くさい客だと思い、冷たく対応すると、怯えた顔をした奏だった。
「あ…、忙しい時にごめん」
「いや、俺こそ。面倒な客かと思った」
「…、僕、調理入りたい。もう、絡まれるのやだ」
「うん。そうした方がいい」
「え?いいの?」
「え?むしろそうしてほしいんだけど」
「でも、僕が調理行ったら、秋臣も調理行くって言ってたから」
「あぁ…、今日に関してはしょうがない。それに、奏が絡まれてると、俺が仕事にならないから」
「そ、そう?じゃあ、調理の子に代わってもらえないか聞いてくるね」
「うん」
俺が頷くと、バタバタと走って行った。
よっぽど嫌だったんだろうな。
そんな奏に、ちやほやされたいから女装してるんだろ、なんて言った自分を呪ってやりたい。
奏が調理に入った後は、自分に絡んでくる客を捌くだけで良かったから、かなり気が楽だった。
「柊木くん、いいよ〜。ナイス売上貢献だよ〜。ぐふふふふ」
「い、委員長?」
「あ、ごめん。いや、売上が1番良かったクラスには豪華景品があるらしくてね。売上の一部はクラスに還元されるから、打ち上げも個人負担なしになるかもしれないから…」
「へ、へぇ…、じゃあ俺も、なるべく頑張るね」
「うんうん。まぁ、だいぶ貢献してもらってるけど、そうしてくれると有難いなぁ」
「了解」
「じゃ、私、調理の方も確認してくる」
委員長も負けず劣らずのスピードで廊下を走って行った。
お客さんにぶつからないか、非常に不安だ。
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