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犬猿の仲の相手に狙われています
馬車で城に連れていかれた。道中はドナドナが頭のなかを繰り返し流れていた。
大抵舞踏会と言えば夜開かれるものだが、今日は主催者である国王夫妻の都合で昼間執り行われることになった。そうでなければオレは来られなかった。男バージョンで参加しても意味ないし。
日が落ちる前に帰らなくては。
なんか時間制限が合って、シンデレラみたいだな。
「じゃあ、何かあったら私のところに来てね。リディア」
「うん」
「素敵な殿方を捕まえられればいいね」
「気持ち悪いこと言うなよ」
もとに戻るための詳しい条件言っていないはずなんだがな?
城に到着すると、オレと並んでいると自分が霞むと言ってセシルは離れて行った。
リディアとは女体化バージョンのオレの名前。
アルバートなんて呼べるはずないから。遠縁の田舎に住む令嬢で今日が初めての舞踏会という設定だ。
普通社交界デビューであるリディアにはエスコートする男性がいるはずなのだけれど、オレは誰にも頼まなかった。リディアのことを知っている男は親父だけだが、親父にエスコートされるなんて寒気がしたので断った。一応勝手は分かっているので大丈夫だろう。
城の中に入ると、男からも女からもすっげー見られる。見知らぬ超絶美少女が現れたら致し方ないと思うが。男からすれば狙いたいだろうし、女からすればライバルだからな。わずらわしくて仕方ない。
食べるのに夢中になっていればドン引きされるだろうと、料理が並んでいるテーブルに向かった。
「こんなにお美しいレディを一人にするなんて、男たちの気概が知れるというものですね」
……う……!
いきなり声をかけられて反射的に振り返って、そいつの顔を見た途端口の中のステーキがのどに詰まりそうになった。慌てて飲み下す。
オレンジ色の髪に琥珀色の目。
アルバートの天敵コンフェラート・フォン・ブードゥアニ伯爵。若くして父親が急逝したそうで最近伯爵を受け継いだ。その時は同情したが、なぜかオレのことを目の敵にするので、そんな気持ちは失せた。
まともに目も合わせないし、珍しく話したと思ったら厭味ったらしくて大っ嫌いなんだよなー。こいつ。
「ブードゥアニ伯爵様」
おや、とコンフェラートの腹が立つほど整った眉が動いた。
やべ。
思わず名前を読んでしまったが、リディアはこいつに会ったことがないんだった。突っ込まれたら面倒くさい。
焦ったが、なぜ名前を知っているのかと追及されなくて助かった。
自分みたいな家柄のいいイケメンは国中に知れ渡っていて当然だと思っているのかもしれない。
「ご存じとは嬉しいですね。コンフェラートとお呼びいただいたほうが嬉しいですが。
私があなたのお名前をお呼びできないのが残念で仕方がありません。その美しさに見合う綺麗なお名前なのでしょうね」
うっぜぇー。
普通に「お名前を教えてください」って言えよ。こいつアルバートにはあんなにつんけんしているくせに、女(美女限定かもしれないが)にはこんなにきざったらしいのかよ。足して割ればちょうどいいのに。
内心イライラマックスだったが、それを表面に出すことなく笑顔で答える。
「失礼いたしました。コンフェラート様。リディアと申します」
「姓は?
お見かけしたのは初めてだと思いますが、どちらにお住まいなのですか?」
あー。姓ね。考えてなかった。
考えてませんと言えるはずがないので、笑顔でかわす。
あとで主催者である国王夫妻に挨拶するまでには適当に考えておかなければ。
「……後日お会いすることがあればお教えします。秘密があるほうが魅力的でしょうから」
口元を扇で隠したその下で、んべ、と舌を出す。
#後日__・__#なんてないだろうがな。
そのときひときわざわめきが大きくなった。
国王夫妻が到着したのだ。あと第一王子。
「残念。ご挨拶に行かなければいけませんね。
あとでダンスをお誘いしても?」
「ええ。もちろん」
オレは笑顔で頷いた。
嫌だよ。なんて言えない。
逃げよ。
コンフェラートはなんとオレの手を取って軽く口づけた。
うっわぁー。
叫ばなかったのを自分で褒めたい。ぶっわぁーと全身に鳥肌が立つ。
口づけたまま、翡翠色の目をオレに向けてきた。
「約束ですよ。レディリディア」
すっごくいけすかないやつなのに。
何でオレにこんな綺麗な目を向けてくるんだろう。いつもはあんなにさげすむような冴え冴えした目で見つめてくるのに。
ああ。今のオレはアルバートじゃない。リディアだからだ。
アルバートだったらろくに目も合わせないし、口もきかないくせに。
無性に腹が立ったけど、なぜかわからなかった。
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