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第35話(sideリューオ)

 ──そうやって機嫌良く戯れるような心持ちでいた俺達に、突然キィ、と音が届いた。  音の元は、部屋の開いた大きな窓。  俺達は同時になんだ? と視線を向ける。  俺の部屋には窓が三つある。  一つはベッドの頭。一つはこのテーブル、つまり俺達の真横。もう一つは一番端のバルコニーの前。  音の出処は、バルコニーの窓だ。  そこからのっしりと入り込んできた黒い塊が一体。 「邪魔するぜ」  邪魔をするなら帰れ。  声の主に気づいた途端、俺は心の中で叫ぶ。  にっこりと微笑まれ瞬時に立ち上がり、魔界に来て教えてもらった召喚魔法で聖剣を取り出すと、すぐさま構えた。  笑顔から滲む殺気がやべえ。  「ちょっと殺ろうぜ」って無言のお誘いがヒシヒシ伝わってくる。  気がついていないシャルは首を傾げて全く動じていないが、それは俺ピンポイントに向けている殺気だからだ。 「アゼル? どうしたんだ、窓からやってきて」  シャルに声をかけられて、黒──魔王は一瞬ぱあっと目を輝かせたが、すぐになんでもないように取り繕う。  そして優雅な足取りで、ゆっくりとこちらに近づいてきた。  これじゃ何度目かの部屋破壊待ったなし。  初期ミッションは外へ誘導、オーケー。 「なんにもねぇよ、シャル。ちょっとそこのクソ勇者に物理的な話があるだけだぜ。秘密の話だから、目ェつぶって耳塞いでてくれ」 「ん、わかった」 「クックックッ……」  ──ま、まずい。  対魔王リーサルウェポンが旦那の言葉に疑いなくそっと目を閉じ、耳を塞いじまった……ッ!  焦る俺を尻目に、嫁に向けていたウキウキの表情を打って変わって凶悪スマイルに変えた暴走魔王が、にこやかにクッと親指を窓の外に向けた。 「そこの窓、俺の執務室から丸見えなんだよなァ……」  は? ……いやどんだけ距離あると思ってンだッ!?  広大な魔王城は、俺の部屋の窓から向こう側の建物まで百メートル以上余裕である。  だぁぁッ、シャルのセコム怖ェんだよッ! スナイパーかよちくしょうがッ! 「……ハッ! 上等だぜやってやんよォッ! 表出ろや、今日こそ第三形態の毛皮で敷物作ってやるぜッ!」 「あぁ? お前こそ覚悟しやがれッ。そのシャルになでられた金平糖頭、まるっと無毛に刈り上げてやるよッ!」  ──しかし。  元来負けん気の強い俺に、売られた喧嘩を返品する選択肢はない。  ほぼ同時に窓から飛び出した途端、目の前に現れる巨大な黒い狼。  空の魔物がすごい速さで散り散りに逃げ出す。地上の従魔も、認識アンド逃走が身にしみている。 (マジでこれのどこが可愛いンだよッ!)  大体ファービェーでも「なでなでしてぇ」ってお強請りするってのに、このアホンダラァは嫉妬するよりさっさと素直に頼めやッ!  馬鹿真面目に未だに目を瞑り耳を塞いでいる友人の感性にマジギレしつつ、割と頻繁に繰り返している魔王VS勇者を開始した。

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