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第66話(sideアゼル)
嫌な悪寒で目が覚めた。
そして隣に誰もいないと気づいた瞬間、俺は全身が凍りついたような心地で今日訪れる予定だった場所へ向かったのだ。
『シャル、君が許しを与えたから私は絵から魂を現世に持ってくることができたんだ』
跡形もなく消してやりたい霊体の言葉。
絵、絵。絵と言えば思いつくのは城に飾られたいくつかの絵画。だがどれも昔からあるもので、霊が現れたなんて噂も聞かない。
とすれば最近飾った絵だ。
そんなものはただ一つ、シャルが宝物庫で選んだとライゼンが言っていた北館の絵画。ライゼンはあの後この絵を北館の階段に飾ると持っていったから、どんな絵画かは知らない。
だがシャルが選んだ、絵だ。
最初に疑うべき所はそこしかなかった。違うかも知れない可能性から精査する時間はなかった。
走りながら考えると、なにか……庇わなければならない事情があるのかと思った。昨日のシャルは真剣だったから。
真剣に、アイツと殺し合うなら相手になると言っていた。
そんなに大事なのかと、嫉妬と憎悪でおかしくなりそうだ。だがすぐにシャルは俺を愛していると言った。どうでもいい奴の言葉なら与太だと笑うが、それはアイツの言葉だから、俺は信じた。
気持ちが俺にあるなら、何か別の問題があるのかもしれねぇ。
それでも許す気なんてさらさらないし殺意しかないが……シャルの事情なら別だ。俺の事情なのだ。勿論ちゃんと聞く。
だって、我慢ならない。
俺とお前に他が介在するのが、どうしようもなく我慢ならねぇんだよ。
アイツは俺を裏切るような奴じゃない。
俺が選んだ唯一絶対不変の宝だ。
愛されている。
冷え切った廊下を音を立てないように慎重に走る。もしもそこにアイツがいたならば、絵画ごとこの世から消そうと思っていた。それには急ぎながらも静かであるべきだ。
北館の階段にはすぐに辿り着き、絵画がある筈の踊り場を覗き込もうと壁に手をかけ勢いで身を乗り出す。
「ッ、」
『フフ、』
だけど、でも。
頭の中が、真っ白になった。
見たくはない。信じられる訳もない。ヒュ、と喉を鳴らした俺と目が合えば、嘲笑うように口角を上げた昨夜の霊体が、瞬きする間に霧散する。
だが間違いなく、その一瞬。
シャルとアイツがキスをしていた。
──俺は、お前だけなのに。
──お前は、…お前は…?
心臓が痙攣したように吸った息を吐く事ができない。壁についた手が震えた。音もなく唇を動かして「シャル」と愛おしい名前を呼ぶ。
シャルは、抵抗もせず甘受していたように見えた。
視線に気づいたシャルが、そっとこっちを見て申し訳なさそうな顔をする。
申し訳ない?なにに?なにが?──俺が?
何をしているんだと、責め立てる事はできなかった。
確信に触れたら……バレたなら仕方ないと、お前は俺から離れるのか。愛すると言う感情を与えておきながら、俺を捨ててしまうのだろうか。
「勝手にフラフラすんなよ…」
目が合って、当たり障りのない言葉をなんとか吐き出した。
なあ頼む、説明してくれよ。お前がそうしていた事情があるんだろ?こんな所にいるのを知ったんだぜ、お前はもう黙ってられない筈だ。
俺に隠し事なんて、お前が上手くできるわけねぇんだ。
すぐにでも焦りだして、違うんだこれは、と情けない顔でとつとつと事情を語りだすに決まってる。
ほら、昨日の今日だ。
諦めて早く真実を教えてくれよ。
昨日あんなに弱ってたじゃねぇか。
俺を愛してるんだろ?
なら他の奴にキスなんて、お前がされて平気なわけ無いだろ?なぁ。
「ごめん、起こしたら悪いと思ってな」
困ったように謝るシャルは、俺をじっと見つめながらも、何も真実を語らなかった。
「部屋に帰ろう」なんて。
なんでもないように言ってくる。
聞きたくなかった。
お前がどういう時にコレをするのか、あの日の瞳を知ってるから。俺は。
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