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第74話

『だ、そうだよ』 リシャールはうっそりと微笑んで、アゼルに視線をやりながら、抱きしめた俺の首筋にキスをする。 反射的にグッとリシャールに距離を詰めた鎌達は、やはり俺に触れる前に止まった。 俺という存在一つで全ての抵抗を封じられたアゼルは、すっかりだらりと腕を降ろして、人形のような顔でこちらを見ていた。 鎌はゆっくりと一つ残らず俺達から離れて主の中に戻る。殺意にあふれる威圧感が、それと同時に霧散する。 『君にできる事はもう、結界を解いて新しい愛を見つけるか、姫ごと私を闇に葬ることだけだ』 「うるせぇな……信じて、る……んだよ……一番大切な宝物は、俺だと……言った、あの日々が……クソ絵画ごときに、やすやす奪われるわけねぇ、だろ…」 『その思考回路、いっそ素晴らしいな……これを見ながら未だにそこまでの信頼を寄せられる君の愛は、執着とも言える深さだろう』 耳朶を撫でるリシャールの感心したような声に、擽ったくてピクッと体が震えた。 広げていた腕を降ろして、自分の腰に回るリシャールの手に片手を添える。 もう一本の腕は首筋に擦り寄る彼の髪に当て、優しく撫でた。 なんて愛しい人。 リシャール、俺の王子様。 アゼルの憎悪と殺意に満ちた視線。 ピシッ、ピシッ、と彼の周囲に亀裂がはいる。 力がコントロールできなくて、ついに魔力も溢れてしまって。 可哀想……だけど、ハッピーエンドは二人だけ。お前がどれ程愛してくれても、俺には一人しか愛せない。ごめんな、アゼル。 『さぁ、いい加減、どうしようもない君は諦めてくれ。それともいっそ、奪われないように姫を殺すか?その時はきっと、姫だけ死んで私は消せないよ。なんてったって、私が望まなければ君は私に触れる事もできない』 「っ…………たの、む…」 『ん?』 彼からすると死刑宣告を受け、無表情のまま震えるアゼルはぼう、と笑顔で首を傾げるリシャールを見つめる。 微かな呟きはピシッ、ピシッと亀裂を広げ室内に傷をつけながらも、誰よりも強く誰にも屈しなかった魔王から再度発せられた。 「返してくれ……お願いだ……お願い、します……それだけは、とらないでくれ……俺にはそれだけなんだ……お願いします、お願い、します……」 ピシッ、ピシッ。 爪痕のような亀裂は俺とリシャールの周りにも現れ始めた。 アゼルはもう泣いていない。 だが、囈言(うわごと)のような懇願が、悲痛に泣かれるより、俺の胸を痛めつける。 ──あれ……どうして……痛い…? 首を傾げて、自分の胸に触れる。 哀れだと思っていても、俺はお前を愛せないのに、何を痛がることがある? 変に希望を持たせてはいけない。駆け寄る事も抱きしめる事も出来ないのに、俺はどうして胸が痛いのだろうか。 『……たまらないな。あんなに仲睦まじい君たちでも、こうもあっさり心変わりするのだから』 リシャールが、アゼルの懇願を悦にいるような表情で嘲笑う。 心変わり……そうだな。 ごめん、アゼル。ごめん。 あんなに愛し合っていたのに、俺を愛するリシャールだけが愛おしくて、俺はこの手を取るしかないんだ。 「違う……心変わりなんか、信じない……俺、攻撃しねぇから、言う事を聞くから……頼む、返してくれ……返してください……痛い、痛いのに、そばに、いたい……」 『ふむ……もう、壊れてしまったのかな?魔王が姫を殺すなんて、瞬きするほど簡単な筈なのに……盾にするだけで、惨めに縋る事しかできなくなるとは』 リシャールは初めの頃と別人のように剣呑な目で愉悦に浸る。 そして酷薄に笑いながら、俺の顎を掬って、自分の方に向けた。

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