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第75話

「ン…」 ちゅ、と湿った音を立ててキスされる。 空気の塊だったリシャールの感触が、あの時よりずっと鮮明に、実体を持っているように思えた。 俺に愛される事で、存在を確かにしていく。 嬉しくて、そっと離れた彼にニコリと笑みを返した。 気持ち悪い。 ……わけない。のに。 微笑む俺の頬を撫でて、リシャールは表情を歪めてアゼルに勝ち誇った顔を向けた。 そこに当初の王子様のような雰囲気はない。 それでも俺は違和感すら感じない。 『先程滑稽に怒鳴り合っていた君達にいい事を教えてあげよう。本当にたまたまこの子が私の姫に選ばれたと思うのか?』 「……宝物庫で……お前を見つけて……好きになった……から、選び取って連れ出した……そうだろ…?」 『魔王はロマンチストなんだな』 まぁ、私は大好きだよそういうの。 リシャールは笑うが、そんなことはどうでもいいとばかりに光のない瞳で気の毒な程ふらつくアゼル。 うん。そうだ。 俺がたまたま見つけた絵画がリシャールだった。そしてたまたま契約の言葉を吐いてしまった。 だが今はそれもいい思い出だ。 よくあるじゃないか、奇妙な理由で邂逅した相手が運命の人になるだなんて。 それこそ物語の姫のような運命的な出会いだろう? 天井についた亀裂で、明かりの魔法を閉じ込めるガラス球がパリンッと破裂して離れたところで降り注ぐ音がする。誰も動かない。 『私は〝愛する王子〟。誰よりも真に姫を愛する。そうあれと作られた存在。だが噂のせいで宝物庫に眠らされた孤独な王子だ。酷いだろう?私は姫を愛していただけなのに』 『だが、近頃現れた足繁く通う魔王の愛はとても深かった。一途で盲目的な、愛の天使の求めたモノで。そんな事は許さない。君の愛する人がそばにやってきたとき、私は魅了の聖法を使って手に取らせた』 『私の愛こそが真実。幸福。底抜けにお互いを愛する姿が我が作り手の理想』 『で、あれば』 『──あれ程までに君に愛されている存在、奪いたくなるに決まっているだろう?』 『現に今、見事この子は君を振り払って私を愛する〝姫〟となった』 突然齎された、リシャールの告白。 それは、俺達を狙った理由。 自分以外の理想の愛を、許せないから。 「あ、愛する為に作られたお前より理想的だった俺達が気に食わないから、シャルを奪ったのか…?そんな事の、ために…?」 『然り。魔王が悪いんだよ?あんなに幸せそうに姫を愛しているから、壊したくなるのは仕方ないじゃないか。つまりね、君に愛されていたから、シャルは姫に〝選ばれた〟。この横恋慕は、運命なんかじゃないのさ』 「俺、が…?俺のせい…?」 アゼルは目を見開いて、話がうまく理解できない様子で混乱したように瞳を揺らす。 俺を選んだのはたまたまじゃなかったのか。 アゼルがリシャールよりも深く愛していたから、気に食わなかったと。 当て付けに俺を奪ったのか。 八つ当たり。 天使の聖法の力で誰でもと添い遂げられられるリシャールより、聖法を持たない魔王が愛する人と幸せそうなのが、許せない。 理解できないんだな。 縛り付けて愛し合う事しかしていないお前は、気持ちだけで寄り添う俺達が信じられない。 どうしてだろう、吐き気がする。 この息苦しさと身を裂かれる思いはなんだ? あぁ……きっと、悲しいんだろう。 当て付けじゃなく俺を見てほしいんだ。 そうに決まってる。 俺が信じさせてあげる。 俺は縛られてお前を愛してるわけ無いと。 この気持ちは真実だと。 そうだろう? この気持ちがお前の言う、真実の愛なんだろう? リシャールは微笑み、アゼルに見せつけるように向かい合わせになり俺の腰を抱く。 『さぁ、可愛い可愛い姫。諦めの悪い彼に、誰を愛しているのか教えてあげて?』 「あぁ……勿論、俺の愛する人……」 じっと、微笑む彼を見つめて、口元を緩める。 「──愛してるよ、リシャール。」  ──返してくれ、俺の心を。 ドクン、と高鳴る鼓動。 愛を告げることの幸福。 ニコリと幸せそうに笑顔を見せて告げたと同時に、リシャールは目を見開く。 俺の頬を一筋の真実が流れ落ちた。

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