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第80話
俺の姿なんて見えていない様子で泣きながらよろりと立ち上がった子犬は、まず五寸釘を抜き取ろうと噛み付いた。
深く突き刺さった釘は、いくら子犬が引っ張ろうとビクともしない。
かわりに口元から血が滲み、子犬はポタリと藁人形に血痕をつける。
それでも子犬は諦めない。
次に、爪を使って藁人形を引っ張り始める。
カリカリと引っ掻いて、噛み付いて、必死に引っ張りなんとか藁人形を解放しようと奮闘する。
藁人形の藁が飛び出し、紐が緩む。
子犬の爪も牙も血だらけだ。
めげずにグイグイと引っ張るものだから、藁人形は縫い付けられた本体を残して見るも無残に崩れてしまう。
身体を引き裂かれる気持ちだ。
そんなものより、心が痛い。
子犬が気づいた時には、もう藁人形は傷だらけだった。
泣きながら、釘ごと崩れた藁人形を抱きしめる子犬。
藁人形は何も言わない。
所詮人形。痛みなどない。
なのに子犬は、アォン、アォンと泣きながら、自分の身体を地面にぶつける。
釘にこすりつけて、自らを傷つける。
『っ、やめろ、だめだ、お前が傷ついてどうするんだ…っそれ はお前が傷つくような価値があるものじゃない…っ!』
俺が必死に子犬に触れても何も掴まない。
止める事もできず、耳を覆いたくなるような痛ましい泣き声をあげて、自傷する子犬。
血塗れの子犬は、藁人形に寄り添うように倒れた。
物言わぬ人形の薄汚い藁の頬を、熱い舌が謝るようにペロペロと舐める。
俺は頬を抑えて、涙を流した。
『いいんだ……いいんだよ……抗った最後に、譲れない心が帰ってきた……もう、それだけでいい。壊れてしまったなら、他のものでいいだろう…?な、諦めていいんだ。お前を……アゼル をこうまで傷つけた、〝俺〟なんてもう…』
そうだ。
これは、罰なのだ。
きっかけはどうあれ、迂闊に利用された俺は、身を割かれる痛みを愛する人に与えてしまった。ならば刻まれて死んでも仕方がない。
報いなんだ。
それにお前に殺されるなら……構わなかった。
いっそ幸せなくらいだ。
俺の死因がお前だなんて素敵な終わりだろう?
だから泣かないでくれ。
散々傷つけて虫のいい話だが、そんなガラクタははやく見捨ててくれ。
お前のせいじゃない。
俺のせいだ。
「──お前らはさァ、なんでそうなんだ?」
『っ、』
そんな消失を覚悟した俺の心に突然、予想していなかった横やりが入った。
それは聞き覚えのある声。
見知った銀色の友人の、マイペースな声。
何故お前が、と驚愕し立ち上がると、再びブレイカーが落ちたようにあたりは一面が濃厚な暗闇になった。
だがすぐに眩い程の光がゆっくりと溢れ出し、目を開けていられない。
眩しい。
声のする方へ必死に走る。
耐えられない何かに掻き立てられながら懸命に走る俺に、友人はいつものようにのんびりと、けれどどこか悲しそうに、独り言じみた言葉をかける。
「どう考えてもそのユーレーが全部悪いだろォ…?人の愛が羨ましいなんて、僻みやがってな?……なのに二人揃って、傷つけたのは俺のせい、ごめんなさいのオンパレード。そもそもな、天使の聖遺物にクソ真面目に自分だけで挑むお前らが、おかしいのよ」
『なん、だ、だが、迂闊な俺が悪かっただろう?だって、あんなに傷つけるなら、一度別れるなりして、一人でどうにかすればよかった…!でも、でも欲張った、離れたくなかった…!ずっと一緒にいたかったんだ!』
「……どうにもならない時はいい加減、人に頼れよ、お前らは」
『っ』
「まぁ今回は、どうしても自分以外に渡したくないって駄々こねまくった馬鹿と、どうしても他のやつなんか愛したくないって泣き出した馬鹿の、粘り勝ちなんだから、さ」
『ば、馬鹿なのか…!?お前は、どこから何を言っているんだ…!?』
「そろそろほら、さっさと起きて、強がりなわんころをお前の王子様にしてやってくれよ──シャル」
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