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第83話
いつの間に目を覚ましていたのか。
俺の体に腕を回して、アゼルは濡れた頬を優しく手のひらで拭ってくれた。
だが、俺の涙は止まらない。
それどころか、こみあげて来る不甲斐ない自虐的な気持ちと、罪悪感や、安堵、後悔、様々な気持ちが綯交ぜになる。
留められない衝動のまま懸命に首に腕を回して──涙ながらに、俺はアゼルを抱きしめた。
「あ、あぁ……っ、い、言える…っ、今の俺は言える…っ……ごめんな、ごめん…ごめんなさい…」
「シャル、何を、シャル……」
「言葉が、心が、身体が、全部俺の言う事を聞かなかった、俺はお前だけ、なのにっあんな……あぁ…ッぅ、ゴホッ、ン゙ッゲホッゲホッ…!」
「っ、大丈夫だ、落ち着け……っ。ゆっくりでいいんだっ、お前は一週間も眠っていたんだから…ッ」
「ゴホッゴホッ……い、しゅう…」
咳き込む俺の背中をトントンと宥めるように叩いて、混乱を察したアゼルは、重大な罪を告白するように語りだす。
その表情は、窶れているのもあって……酷く、弱々しかった。
あの時アゼルの渾身の魔法で切り裂かれた元凶の絵画は、天使の作った物と言えども、バラバラに砕けてしまった。
制約から解かれた俺はリシャールが絵画もろとも消えても死ななかったが、俺の体を避けきれなかったアゼルの魔法で一刻を争うほど大怪我を負ったのだ。
それは俺の見た最後の光景と一致する。
四肢が人形のように転がり、出血は多く中身も溢れていた。
アゼルは前と同じと言った部屋の結界を、本当はアゼル以外全てを拒絶するように貼ったそうだ。
だが、霊体のリシャールだけが通れた。
防ぎたかった呪いだけを防げなかったのだ。
あれだけの魔力を垂れ流し暴走させ、部屋を燃やし半壊させたのに誰も来なかったのは、そういう理由だ。
来てはいたが、部屋に入れなかったんだ。
アゼルはすぐに意識を失った俺を治そうとした。だが俺の身体は、闇の魔法では完全には治せない程の損傷だ。
バラバラの俺の身体を抱いて不安定なアゼルでは魔力が暴走しすぎ、うまく纏わせる事すら出来ていなかったらしい。
結界を維持できなくなり異常を察知したライゼンさん達が飛び込んでくるまで、アゼルは呆然と俺の血に塗れ、切断された腕や足を集め座り込んでいた。
茫然自失のアゼルは、徐々に溢れていた膨大な魔力がもう手を付けられないくらいに周囲に渦巻いていて。
結果、魔王城の俺達の部屋があった一棟はコントロールを失った魔力の力だけで全損してしまったそうだ。
アゼルは、その辺りの記憶はあまり覚えていなくて、ライゼンさんから聞いたのだと言った。
──俺が死んでしまったと思った。
そう言ったアゼルの腕は、気の毒な程ガタガタと震えていた。
事実もう少し遅ければ、死んでいたぐらいの怪我だった。
アゼルの魔法が止血だけでも成功させていたのが幸いだったのだ。
不死鳥のライゼンさんという回復魔法のエキスパートを持ってしても、完全に幾つも切断された身体を綺麗に戻すのは難しい。
致命傷でなければまだ安心できたが、出血と胴体の損傷が酷かったみたいだ。
一度は呼吸も止まっていた。
俺が人間というのもかなりまずかった。魔族より断然生命力が弱いのだ。
そして頑丈な魔族は治癒魔法が得意な種族が少ない。
だがその数少ない種族のライゼンさんが完全治癒の魔法を必死にかけ、俺は漸く五体満足で別棟のこの部屋に安置された。
完全治癒は数えるくらいしか使い手のいない、失った細かな肉片や血液ごと戻す魔法。
彼がいなければ死んでいた俺は一命をとりとめ──今日までの一週間、目を覚まさなかった。
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