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第84話

俺は一週間、眠り続けていた。 だからこんな見窄らしい身体なのか。 トン、トンと、話しながらも絶えず俺の心を落ち着けようと宥められる温かい手によって、透明な涙は徐々に収まった。 まだ赤くなった目が潤んで水分が滲んではいるものの、アゼルの胸に幼い子供のように身体を預けていると、漸く自嘲ばかりしていた胸の内が落ち着き始める。 アゼルは、俺を抱きしめながら、意を決したように耳元へ唇を寄せる。 恐る恐ると言った具合にそれは動き出し、互いの胸の内がわからなくなっていた俺達は、理解しようと寄り添う。 「お前が、倒れる前に言った言葉が……お前の、本当……なんだな……なら他は、嘘、だったのか……?」 俺が言った──言葉。 そうだ。 取り返したかけがえのない想い。 感情までもがなにもかも奪われてしまった俺の、ただ一つどうしても譲れないモノ。 『俺の愛する人は……アゼル……この気持ちだけは俺の、真実…』 その結果が、今だ。 俺は表情を曇らせ、頬を寄せていたアゼルの胸に手を当て、少し浮かせる。 すると澄んだその瞳と見つめ合う事ができた。 月明かりに照らされる雪のような(かんばせ)が消えてしまいそうに思う。 本当に……酷い顔をしてるな。 隈が酷い。髪もボサボサで、肌も血の気が失せた白。今にも倒れそうな酷い顔色だ。痩せた。 眠るアゼルを見つけた時の胸の痛みがぶり返して、再びツゥと涙が頬を伝う。 アゼルはすぐにその涙を拭ってくれた。 ほらまた、お前はいつでも俺の事ばかり。 「そう。他を選ぶなんて、例え操られて残ったのが心の残りカスだけでも、泣いてしまうほど……あれだけは譲れなかった……」 「は……操られて……誰もが恋に落ちる絵画の呪いじゃ、なく…?意識があったのか…?」 「あったとも……記憶も全てある……お前に酷い事をした。……でも目が覚めて、お前を見つけて……後悔した。俺を愛してこんなに窶れてしまうなら、やっぱり俺はお前の足枷。弱点だ」 俺はポツポツと、初めておかしくなった時からの俺の行動、本音、懺悔、すべてを包み隠さず話した。 あの夜の始まり。 混乱し不安を隠せないお前に、どんな気持ちで立ちはだかったのか。 心を薄めてくれと冗談めかして、本当の心は、どんな気持ちでそれを頼んだか。 目が覚めて、身体を操られた時の恐怖。 振りほどけない抱擁とキス。 すげ替えられる言葉の悔しさ。 伝えられないもどかしさ。 自らの言葉が、行動が、愛する人を傷つけていくのを、まざまざと自分自身の目線で見せつけられる、抗えない苦痛。 それでも信じて愛し続けるお前。 信じただけ命じられるがまま裏切る俺。 手放す事もできず、信じてくれとしか言わなかった。身を引く事なんてできない、お前の隣にいたいと足掻くばかり。 浮き彫りになったのは自分の無様で醜い執着という愛情。 挙げ句の果てにむざむざとバラバラになって、悲しませて、心配させて。 なによりも強いお前が、迂闊で馬鹿正直で宝物さえ守れない弱い俺を愛してしまったが為に、こうして自分を消費する。 本当に昔の話。 アゼルが、あの家畜として監禁されていた部屋の外に出たいと言った俺のとんでもない願いを、叶えてやろうとやってきた夜。 あの頃からお前の俺への気持ちは、愚直で臆病な俺には眩しかった。 真っ直ぐすぎるんだ。 いつか俺の為に、死んでしまうんじゃないかという程。 「もし、お前が死ねば俺を助けてやるなんて言われたら、お前は躊躇なく首を跳ねるかもしれないと、思った。そんなお前に愛されるには、俺は弱すぎる…」 ──なのに、駄目なんだ。   どうしても譲れないんだ。 そう言って、俺は唇を引き縛る。 吸い込まれそうな黒い瞳を見つめて、纏まりなく吐き出した懺悔。

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