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五皿目 元・勇者VS現・勇者
絵画王子事件からひと月が経った。
体調はすっかりよくなり、細くなってしまった筋肉にショックを受けた俺は、毎日せっせとストレッチと筋トレを繰り返している。目指せムキムキマッチョだからな。
暫く休んでいたお菓子屋さんの仕事もまた再開したのだが、なんと予想外。
意外とお菓子屋さんは馴染んでいたようで、甘味断ちを余儀なくされていた魔王城の甘党魔族達が歓喜乱舞していた。
驚いた事に知らず知らず俺のお菓子はプレミアがついていたみたいだ。
そう言う事情で空軍の信号機竜人三人組を筆頭によこせよこせとせがまれた俺。
配達でも追いつかないので、従魔や軍魔御用達の城内食堂にお菓子を卸す事になった。
包んだりするのも食堂の人が手伝ってくれるようになったので、俺は仕事が大変楽になってしまいちょっと申し訳ない。
ここまで販売を担って貰えるならば業務提携になるだろう?
なので細かな契約と売上のいくらかを支払う書類をリーマン性分で作り、ついつい契約内容について手書きの資料まで渡してしまった。
が、どういう訳か全力で断られたのだ。
代わりに、お菓子のレシピをいくつか教えて欲しいと言われた。
聞いてくれ。この理由が驚きなんだ。
なんと、一時は俺を「人間風情が厨房に近づくな」と追い出したトップシェフのリザードマン、ラグランさんは、スウィーツ好きの甘党だったのだ。
たまたま俺のお菓子を友人のガルダーンに貰って、それからこっそり毎日買っていたらしい。
食堂に卸せば真っ先に手に入る上にレシピも貰える。願ったり叶ったりだそうだ。驚きの展開である。
ちなみにこれは食堂の従魔に聞いた事で、俺は厨房立入禁止なのでラグランさんには会ってない。
真偽は不明だが嬉しい事なので信じる方向で俺はウハウハなのだ。
そんなわけで、近頃の俺は余った時間をリハビリを兼ねた鍛錬に注ぎ込んでいる。
アゼルが未だに俺の体を心配しているので、元気アピールがてら執務室に顔を出してついでに書類を片付けたりもしていたりも。
全損していた部分も職人達の本気により元通りになった為、魔王城にはすっかり平和な時間が返ってきていた。
あの騒動は収まってみると、いい影響を与えてくれたと思う。
お互いの何もかもを吐露しあって、綺麗も汚いも引っくるめて改めて不変の愛を確認した俺とアゼルの関係性は、あれから少し変化した。
アゼルは俺に引かれないよう嫉妬や怒りを抑えていたが、嫉妬深いのをバラしたのでちょこちょこ表に出してくるのだ。
俺に関して狭量な事も開き直ってきた。
駄々をこねる事もちょこちょこある。
そして俺も、ちょっとした反論なんかを言ったりするようになった。
アゼルのやる事は全部受け入れたい気持ちだったが、自分の気持ちも言う事にしたと言う事だな。
すれ違うぐらいならぶつかり合おうと、そのくらいじゃ嫌になったりしないと、いい意味で自信を持ったのだ。
嫉妬深い所も俺はちゃんと愛している。
元々の性格もあるが、アゼルに怒ったりしないからな。
そう言うのが伝わったから、アゼルはようやく自信を持って、嫌われる心配なく俺に自分の意見を言えるようになった。
……だが、俺にだって許せない事はある。
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