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第117話

ユリスとのティータイムを終えた俺は、部屋に戻ってお菓子のレシピをしたためていた。 何故か帰る時、廊下に積み上げてある魔導具の部品が散乱していたり、壁に穴が空いていたり、挙げ句の果てには扉が片方外れ門がひしゃげていたのがビックリだったな。 ティータイム中に聞いた凄い音の原因だろう。 厩で飼っているユニコーンや大角蜥蜴が脱柵でもしたのだろうか…。 放置するのも良くない気がして、通りすがりのアゼルの眷属に声をかけた。 二メートル半程の大きさがある二足歩行の狼──黒人狼達は俺の報告を受け、すぐに直し始めてくれたので一安心だ。 その手際の良さには感服する。 彼らは三日で俺の厨房を作った優秀なワンコ達だ。アゼルの近衛兵でもある彼らは主人の方が強いので主に便利屋扱いされているのだとか。 それでも嬉々として盲信しているのが不思議だが、眷属と従魔は違うらしい。 従魔は城に仕えている魔族達だ。 要は仕事だな。 住居を追われた弱い魔族のする仕事ではない正式なお城仕えは名誉な職業みたいで、強い魔族も沢山いる。 アゼルを筆頭に猛者である魔界の上級魔族に仕えるのは、強さを重んじる魔族としても嬉しいんだとか。 現代で言うと公務員だ。 安定職だし、貴族や要人に見初められるかもしれないからな。 対して眷属は、個人の魔族に仕える者。 力の強い魔族が、親和性の高い魔物に力を分けて能力値を上げ、物理的に絶対服従の下僕(しもべ)にすると言う訳だ。 アゼルは何故か知らないが先代シャルと出会って生きる道の前を向いた頃に、自分の従魔をみんな解雇したそうだ。 なのでアゼルの従魔は自前の専属だけ。 元は洞窟で暮らし集団戦術と圧倒的物量を持つ暗闇の悪魔こと、単願のコウモリ型魔物バットアイ。現在は働き者で人懐こい眷属、カプバットだけなのだ。 つまり俺の愛でるかわいいマルオ達だな。 本来言葉を話せない個々には弱い魔物だが、魔力を貰って潜在能力が開花したらしく、カタコトながら彼らはちゃんと話せる。 器用で力持ちだがワンワンと本能的な所がある黒人狼達も元は普通の人狼だったが、アゼルの魔力でパワーアップしてなかなか強い魔族になってしまった。 そんなわけで、彼等はアゼルに絶対服従。 魔王様魔王様と絶大な敬愛を捧げている。 勿論情報源は我らがガードヴァイン空軍長だ。 魔族事情やアゼル関連の話はガドに聞くと大抵答えが返ってくる。 本人曰く、「俺はシャル専属サポートセンター」。 二十四時間年中無休らしい。 閑話休題。 そんな経緯で今頃すっかり元通りだろう研究所の門と扉を思いつつ、俺はテーブルに座ってレシピ書を書き進めていた。 空いている時間に作ったお菓子は作り方を書いて、魔界だとどうだったかとか、今度はどうするかとか、色々メモをしておくのだ。 この世界のオーブンだと焼きムラができやすいだとか、フィナンシェなんかの火力調整が難しいお菓子の時はリューオに調整して貰うとうまくいくだとか、生クリームやバターが高価なので、ヨーグルトやオリーブオイルで代用してみるだとか。 後は秘密のコメントも。 「今日の、アーモンドとオレンジのケーキは、なくなるのが嫌なのかちまちまと食べていました。やはりナッツ類が好きみたいです。私の分をじっと見ていましたが、断固拒否しました。……ふふふ。嬉しいな、とても」 手元にあるライゼンさんが添えた端書を見て、クスクスと笑ってしまう。 時たまライゼンさんの仕事を手伝っている俺は執務室へ行く事もあるが、こうして部屋に書類が届いている事もある。 そこに、稀に俺のお菓子を食べるアゼルの様子を記したメモが挟まっているのだ。 俺はそのメモを見てから、レシピ書の端に秘密のコメントを書き入れる。 〝好感触。今度また作ろう。  次はピスタチオのクリームサンド。〟 なんでも美味いと言うアイツができれば特別美味いと思うモノを作ってあげたい、そんな秘密の男心なのである。

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