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第118話
──なんて甘い想いを滲ませながら筆を走らせていると、不意にガチャ、と部屋の扉が開く控えめな音がする。
メモへ伏せていた顔を上げて振り向くと、そこには今しがた思いを馳せていたアゼルがいた。
けれど認識と同時に、俺は首を傾げて黙り込む。
逆向きにも首を傾げ直してみる。
しかし光景に変化はない。
何故か、喜色満面、こちらに向かって歩いてくるアゼルの頭には、ぴょこんと立った肉厚の獣耳がある。今朝はなかった筈。
更に歩く度にチラ見えするのは、フリフリと嬉しげに搖れるふさふさモフモフの尻尾。
凄く可愛い。是非もふもふしたい。
が、いつも引き締まった腹部に、不自然な膨らみがある。何か詰めているらしい。
……?
ん?んんん?
総合的に見てもどうにも謎で、目の前までやって来た魔王に俺は全く合点がいかず、椅子に座ったままポカンとその眩いご尊顔を見上げた。
「フフン。どうだ、シャル。この俺に何か言う事がねえか?」
アゼル。ドヤ顔でそう言って期待たっぷりわくわくされても、まったくその格好のコンセプトがわからないぞ。
俺はうぅん、と腕を組んで悩んでから、あぁなるほど、と漸く何を求められているのかがわかった。
「俺の子か、何ヶ月だ?」
「馬鹿野郎!」
なんだって。
ぺしん!とアゼルは膨れた腹部を叩いて、俺の返事に否を唱えた。そういう冗談じゃないのか。んん、ならなんの遊びなんだ?
ガルル、と唸り声を上げるアゼルの耳がキュッと後ろに倒れてなんだか和む。
祖母の家の犬も俺がうっかり尻尾を踏むと「怒ってますよ」と言いたげに唸りながら、耳を倒していた。
俺はアゼルがなんとなくその犬に見えて、ふふふと笑いながら「おいで」と声をかける。
アゼルはむくれていても素直に身をかがめてきたので、ほぼ無意識に犬のようにワシャワシャと柔らかな髪を撫でてしまった。
「なんの遊びかわからないが、お腹に詰物をすると服が伸びてしまうぞ。いいこだから、それはやめた方がいい。な?」
「………」ブンブンブンブンッ
俺が頭を撫でながらそう言うと、アゼルはガチンッと固まって黙り込んだ。
けれど凄い勢いで尻尾を振っている。まるでスペシャルおやつを貰った祖母宅の犬のようだ。
その様子からますます久しぶりに故郷のワンコと戯れるような気持ちで、機嫌よくアゼルのフワサラの髪を撫でる。
「アゼルはいいこだ」
「ん」
ぽすん、と温かいバスタオルを渡された。
なるほど、それを腹に詰めていたのか。
すっかり大人しくなったアゼルは俺に撫でられながら、シワになった服をポンポン叩いてキュッと綺麗に伸ばす。
「うん、偉い」
ブンブンブンブンッ
仏頂面で眉間にシワを寄せつつもガチガチに固まるアゼルの代わりに、そよ風を吹かせそうな勢いでふりしきる尻尾。
尻尾があるとツンデレなアゼルが本当はイエスなのかノーなのかわかりやすいな。
しかしアゼルはまだ仕事の時間の筈だ。
何がしたかったのかはまったくわからないがあまり休憩を奪っても可哀想だと気づき、撫でていた手を下ろす。
「まだ就業時間だろう?ちゃんと帰りを待っているから、行っておいで」
「ん」
アゼルは仏頂面のままだったが、行ってらっしゃいを言って貰えてフリフリと嬉しそうに機嫌よく尻尾を振り、部屋を出て行った。
結局何がしたかったんだ?
よくわからないが、可愛かったのでよしとしよう。
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