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第119話(sideアゼル)
バタン。
部屋の扉を閉めて、俺はニヤけるのを我慢して険しくなっていた表情をにへら、と緩めた。
「褒められたぜ…!」
「あんね魔王様、お腹の中身取られて特にドキドキさせる事もなくワンコちゃん扱いされただけだったんだケド!?」
「あぁん!?」
だが胸いっぱいに愛を補給して貰い大満足の俺と違い、上司の勇姿を見届ける為にこっそり覗いていたマルガンにダメ出しされ、ハッとして頭を抱える。
しまった。
「見事なたるみ腹じゃないか、触ってもいいか?」ぐらいは言われる予定だったのに、詰物が即バレした挙句遊んでると思われたぜ。
今日の俺は一味違うと思わせる予定が、シャルのなでなでが気持ちよくてホクホク上機嫌に帰って来てしまったじゃねえか…!
こうしちゃいられない。
俺とマルガンは、急いで作戦会議室(恋愛マスターの自室)へリベンジ目指して敗走した。
「取り敢えず腹は諦めるしかねぇ。肉渡しちまったし、服が伸びるからダメだって言われた。俺はイイコだからな」
「うんうん、イイコならしかたないべ〜。したらどうする?」
「他の好みのタイプを試すか」
部屋に帰った俺達はたるみ腹は諦め、他の要望を加味した新しい作戦を考える事にした。
腹肉だけが理想のタイプじゃねえ。
シャルは他にも言っていた。
〝小さい身長〟と〝地味な顔〟。
そして〝厳しさ〟だ。
だがまあ厳しさってのは不可能だな。俺がアイツに酷い仕打ちなんかできるわけねぇだろ?
ただでさえ内面が男前なだけで魔族的に言うとやわらかボディもいいとこな貧弱人間なのに、傷なんか付けたら死ぬぞ。
シャルは勇者じゃないので、頑張り屋さんな村人Aだ。
可愛いと言うと赤くなって「可愛くないぞ」と言うだけの魔王特攻能力持ち村人A。
……うん、無理だな。
断固厳しさは不可能だぜ。
後は小さい身長か。
小さい身長ってどうすりゃいいんだ。
手っ取り早く骨を縮めようと鎌を取り出すと、マルガンが「素敵なカマーだけど流血系は人間ちゃん達って嫌がるかんね〜」と言ったのでやめた。
「中腰か?」
「激ダサウォークすぎっしょ?」
歩き方がダセェのはダメだ。カッコイイ俺しか見られたくない。
ムムム、と腕を組んで二人で考える。
暫くするとマルガンがぽん、と手を叩いて、へら〜と笑った。
「そだそだ、お妃ちゃんをだっこすればいいんだよ!だっこ嫌いな子はいないし!自然にボディタッチできるしお尻撫でられるし!だっこ最高じゃんよ〜!」
「マルガンお前……天才か」
俺は魔王生で初めて、マルガンを心から賛えた。
マルガンはその手法で仲良くなった女を挨拶代わりに抱き上げては「美貌の天使かと思って、思わず俺っちの腕の中に捕まえちゃった☆」と、尻を支えながら撫でまくるらしい。
普段なら興味もないし変態クソ野郎だな、としか思わないが、シャルに置き換えると理解しかない。そりゃ捕まえる。捕まえねぇわけねぇだろ。
俺は普段衝動のままシャルに抱きつくので、そのまま抱き上げたって違和感がない。
すると俺の方が下になるから、俺が小さくてドキッとする筈だ。
となれば、次は顔だが。
「うし、俺が許す。地味顔になるまで存分にボコボコにしろ」
「マゾみを出されても魔王様即時回復しちゃうじゃん?ムリくない?ムリムリじゃない?ムリめの魔王じゃない?」
「んぐおおお地味な顔ってなんだよッッ!」
わかってはいたが手術だろうがなんだろうが損傷を受け付けない自分に、ズゥン、と床に手をついて落ち込んだ。
パーツがアレなだけでカラーは地味な黒なのに、どうしていつも派手顔と言われるのか。
目つきが魔王だとか煽り角度だとか暗黒微笑だとか塩対応だとか、全部素だ。誰も好き好んで魔王感を出しているわけじゃない。
クソッ、そもそも、仕方ねぇんだよ!
俺は身体だけは馬鹿みたいに丈夫なんだぜ舐めんなよ馬鹿野郎!体だけは!
言っとくケドな、俺のメンタルは正直百年超えの魔境ソロライフで成長途絶してたから、魔王就任当時のコミュ力は大体三歳児だぜ?
魔王になっても魔族不信でガチガチに気を張ってソロライフ続行の後、先代シャルと言う魔族生の恩人に出会いまた他とコミュニケーションを取れるようになって十年。
愛するシャルと出会って大体一年。
「俺のメンタルは人間で言うと繊細な十四歳ぐらいなんだよ恋愛マスターッ!」
「魔族で言うと幼児だけどにゃん☆」
「顔面を地味にする幼児向けの秘策を授けろマルちゃん出来栄えによっては今度夜会に連れて行ってやる」
「俺に任せなベイビー」
キリッと真剣な顔で親指を立てたマルガンは、俺に目と口の位置に穴が空いているだけのシンプルで白い、顔全体を覆う仮面をサッと手渡した。
マルガンお前……やっぱり天才だな…。
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