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第155話(sideゼオ)
「それでゼオさんはなにか用か?」
「さんはいいですよ。いや、以前書庫で氷結晶柄の栞を見つけてくれたのでは、と思いましてね。俺は目が一般的な魔族より悪い代わりに鼻がいいんですよ」
「!あの栞の持ち主か」
ゼオは夜を生きるハーフヴァンパイアなので、支障があるほどじゃまったくないが昼間は目が若干悪い。その代わり嗅覚が優れている。
声をかけた経緯を話すと、予想どおりだったのか、鬼族の男……シャルは声を弾ませてゆるりと微笑んだ。
「シャレの効いたメモがあって愉快でしたよ。拾って頂き、ありがとう御座いました」
「これはご丁寧に、こちらこそいいものを見つけさせてくれてありがとう。ふふふ……あれはな、少し気取っていただろう?」
「はい。暇なんだなと思いました」
「んん……いやそれがな、そんなことをしていたから山岳地帯魔物図鑑の続きを読みそこねたんだ。寝る前に気がついた……」
「それは滑稽……間抜けですね」
格好つけたメモを書いていて本懐を遂げられなかったことを、恥ずかしそうにしょんぼりと語る。肩を丸める姿を見て、内心笑いまじりに呆れた。
ゼオの思うままの悪気はない、尖った言い方。
意図したものではないが怒る人も少なくない。
だがそれに腹を立てることもなくゆっくりと話すシャルは、好感が持てた。
きっかけは香りだったが、話し方や声、人となりもゼオの嫌いじゃないタイプだ。
何と言うか……落ち着く。
素朴で穏やかな空気がそう感じさせるのだろう。
城の話をメインに、本の話もしながら、二人の会話は会場の喧騒に掻き消えるほど静かに進んだ。話の内容に笑い転げたりしないが、途切れることはない。
彼とは馬が合うとゼオは思った。
「それじゃあ、食堂で食事を提供しているのですね」
「あぁ。毎日たくさんの物を作るのは大変だが、他の従魔も手伝ってくれるしやりがいがある。あまりその……お嫁さんには好評じゃないんだが……」
「へぇ。仕事に理解がない配偶者なら、別れてしまえばよいのでは?面倒くさいでしょう」
「んっ?それはできないな、別れてしまうとこの世がつまらない。あの人しか愛せないんだ。それは多分、相手も同じ。……だといいな。毎回言い合うことになったら俺達は戦うが、だいたい向こうが謝ってくれる」
「なるほど、俺にはわからないな……」
シャルの周りには個性的な面々がいるらしく、城での生活に彩りを添えるみたいだが、ゼオには特に共感できない。
ゼオは上司の言うこと、具体的には魔王と宰相、海軍長、海軍長補佐官、空軍長補佐官、魔導研究所所長、諜報部隊長など、認めたものの言う事しか聞かない。
その中に直属の上司が入っていないのは思考の基本である。
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